郵政民営化が理想からかけ離れたのはなぜか?
──亡くなった配達員の置かれた過酷な労働環境と、その配達員の異動先だった「さいたま新都心郵便局」について書かれています。
宮崎:さいたま新都心郵便局は、首都圏でも有数の郵便物を取り扱う拠点局です。2007年の郵政民営化の前から、合理化のモデル局に位置づけられていました。たとえば、仕分け作業にかかる時間をストップウオッチで測って効率アップを求めるといったことも行われていたといいます。
私は取材を通して、お亡くなりになった配達員の妻、Kさんからお話を伺いました。彼女の夫は20年ほど別の郵便局に勤めていましたが、民営化前年の2006年にさいたま新都心郵便局に異動になりました。40代半ばの配達員でしたが、休みの日も住宅地図を見ながら慣れない地域の地理を必死に頭に叩き込んでいたそうです。
彼の年賀はがきのノルマは年7000~8000枚に増え、上司の指導も非常に厳しかったそうです。
当時さいたま新都心郵便局では、配達員がミスをした場合、朝礼で数百人の同僚の前で台に立たされて、謝罪をさせられるという慣例がありました。この台は「お立ち台」と呼ばれていました。
こうした過酷な現場でKさんの夫は精神的に追いつめられ、休職と復職を繰り返し、何度も別の局に異動させてほしいと希望を出していましたが、聞き入れられませんでした。
そして2010年12月のある朝、職場の4階から飛び降りて、お亡くなりになりました。私がこの本を書こうと思った1つの理由は、Kさんのお話を聞いたからです。
──「民営化の実情は理想とはかけ離れたものになっている」と書かれています。郵政民営化が間違っていたのか、民営化後の移行プロセスが間違っていたのか、どう思われますか?
宮崎:民間にできることは民間に任せ、民間の感覚を取り入れて経営の効率化やサービスの向上を図るのが民営化の趣旨でした。
ところが、民営化が始まった後、全国の小規模郵便局の局長たちのほとんどが入っている「全国郵便局長会」が政治に働きかけることで、民営化に逆行するような法改正が行われました。
全国におよそ2万4000ある郵便局を統廃合しないで維持し続けたい。これが全国郵便局長会の要望です。実際に、郵政民営化の後も、郵便局の数はほとんど変わっていません。

すべての郵便局を維持するためには、年間およそ1兆円がかかっていますが、その巨額の維持費を稼ぐために、現場に厳しいノルマを課したり、配達現場にコストカットを求めたり、前述のとおり局員に対する厳しい労働管理が行われたりする事態につながっていると思います。
私個人の考えですが、民間であろうが、国営であろうが、時代に合わせて組織は形を変えるべきで、郵便局も時代に合った合理化が進められて当然だと思います。
ところが、局長会の強い主張もあって、郵便局網を今の形で存続させることが前提となり、合理化の議論すら行われていない状況です。その結果、現場にしわ寄せがいっていることが問題だと思います。
宮崎拓朗(みやざき・たくろう)
ジャーナリスト
1980年生まれ。福岡市出身。京都大学総合人間学部卒。西日本新聞社北九州本社編集部デスク。
2005年、西日本新聞社入社。長崎総局、社会部、東京支社報道部を経て、2018年に社会部遊軍に配属され日本郵政グループを巡る取材、報道を始める。「かんぽ生命不正販売問題を巡るキャンペーン報道」で第20回早稲田ジャーナリズム大賞、「全国郵便局長会による会社経費政治流用のスクープと関連報道」で第3回ジャーナリズムXアワードのZ賞、第3回調査報道大賞の優秀賞を受賞。
長野光(ながの・ひかる)
ビデオジャーナリスト
高校卒業後に渡米、米ラトガーズ大学卒業(専攻は美術)。芸術家のアシスタント、テレビ番組制作会社、日経BPニューヨーク支局記者、市場調査会社などを経て独立。JBpressの動画シリーズ「Straight Talk」リポーター。YouTubeチャンネル「著者が語る」を運営し、本の著者にインタビューしている。


