別料金を払う優位性を発揮しづらい中央線のグリーン車
中央線・青梅線に新登場したグリーン車は、試験運行期間中に限ってはグリーン券なしで利用できたので満席状態が続いていた。だが、2025年3月のダイヤ改正で本格運行へと移行し、グリーン券が必要になった。そのため、時間帯によってはグリーン車の利用者が激減し、SNSでは空席が目立つと話題になっている。
グリーン車の利用率が低調なのは、まだ導入されたばかりで周知が行き届いていないことも一因だろう。別料金を支払わずに「無賃乗車」する乗客も問題になっているが、時間の経過によって少しずつ利用率が上がることが期待されている。
だが、そう簡単に利用率アップが望めない可能性もある。その理由は、グリーン車が連結される区間が短い点にある。
中央線にグリーン車が連結されるのは東京─大月駅間だが、そのうち車内の混雑が激しいのは新宿―八王子駅間だろう。同区間は約37.1kmで、乗車時間は約50分。中央線グリーン車は通常料金とSuica利用料金とがあり、乗車する距離に応じても料金が変動する。
新宿─八王子駅までの場合、Suica利用なら750円。中央線は東北本線や東海道本線、常磐線などグリーン車が導入されている他線と比べると距離が短く、わざわざ別料金を払ってまでグリーン車に乗車するという優位性を発揮しづらい。
これは中央線だけの現象ではなく、他社線でも同じような状況に陥っている。
例えば、Qシートを導入した東急東横線は、渋谷―横浜駅間を30分未満で走る。東急はQシートの利用率を公表していないが、2024年5月から一編成に2両を組み込んでいたQシート車を1両へと減らした。これは、明らかにQシートの利用率が低いことを物語っている。
当初、東急東横線に導入されたQシート車は2両組み込まれたが、現在は1両となっている(筆者撮影)
これぐらいの短時間だったら、立ったままスマホで動画を視聴していればあっという間に目的の駅に着いてしまう。わざわざ追加料金を払うだけのインセンティブを感じにくい。
また、中央線はもっと複雑な事情を抱える。「かいじ」「あずさ」「富士回遊」といった特急は中央線のグリーン車よりも割高の料金が設定されているが、その料金差は小さい。JR東日本のインターネット予約サービス「えきねっと」を利用すれば、特急の方が安くなるケースも生じている。何より特急は全車指定席なので着席保証という安心感があり、それでいて所要時間が短いから移動によるストレスも軽減される。
さらに中央線のグリーン車は東海道本線や東北本線のグリーン車と比べて、シートピッチ(座席の前後間隔)が狭くなっているので快適性にも疑問符がつく。
こうした中途半端な位置付けのために、中央線のグリーン車は苦戦していると考えられる。今後空席が目立つ状態が続くとは考えにくいが、それでもJR東日本が想定していた利用率を大幅に下回ることはあり得るかもしれない。
同社が満を持して導入しただけに、利用率が低迷していても簡単に中央線からグリーン車が廃止されることはないだろう。だからといってグリーン料金を値下げすると、東海道本線や東北本線などにも影響を及ぼすので、それも容易ではない。
まだ導入から日が浅いので早計な判断はできないが、結果的に中央線のグリーン車導入はJR東日本の今後を大きく左右する施策になってしまったと言えるだろう。
【小川 裕夫(おがわ・ひろお)】
フリーランスライター。1977年静岡市生まれ。行政誌編集者を経て、フリーランスのライター・カメラマンに転身。各誌で取材・執筆・撮影を担当するほか、「東洋経済オンライン」「デイリー新潮」「NEWSポストセブン」といったネットニュース媒体にも寄稿。また、官邸で実施される内閣総理大臣会見には、史上初のフリーランスカメラマンとして参加。取材テーマは、旧内務省や旧鉄道省、総務省・国土交通省などが所管する地方自治・都市計画・都市開発・鉄道など。著書に『鉄道がつなぐ昭和100年史』(ビジネス社)、『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『東京王』(ぶんか社)、『全国私鉄特急の旅』(平凡社新書)、『封印された東京の謎』(彩図社文庫)、など。共著に『沿線格差』(SB新書)など多数。


