ヨルダン川西岸地区のイスラエルの入植地マアレ・アドミーム近郊で、E1入植計画を示す地図を手にして記者に説明するイスラエルのベツァレル・スモトリッチ財務相(左)(2025年8月14日、写真:ロイター/アフロ)
(松本 太:一橋大学国際・公共政策大学院教授、前駐イラク大使、元駐シリア臨時代理大使)
何人も他人の土地を無理やり奪うことは不法です。そして独立国家の下にある土地を他国が武力をもって奪うことも当然ながら不法です。国家の主権は、その国民と領土の存在にあるのですから。
これほど明らかで公明正大な国際社会の基本原則が、ウクライナをはじめとして世界のここかしこで踏みにじられています。
そして、国家をいまだもたない人々の土地が、別の場所から唐突にやってきた他者によって威圧や暴力をもって無理やり奪われようとする事態が常態化してしまった地域すらあります。イスラエルが占領するヨルダン川西岸とガザに他なりません。
とりわけハマースによるテロ攻撃を受けて以降、イスラエルでは、パレスチナ人の権利を蹂躙することが容易に許容されるようなムードが醸成されています。このような中で、西岸地域においても、イスラエル人入植者によるパレスチナ住民への暴力が日増しに増大しています。
国連人権高等弁務官の報告によれば、本年(2025年)前半だけでもすでに757件のイスラエル人入植者によるパレスチナ人への暴行が報告されており、昨年と比べ13%の増加を記録しています。また、国連人道問題調整事務所は、平均して1日あたり4件の入植者による暴力行為が行われていると報告しています。世界がガザの惨状に気を取られている間に、急速に入植地が拡大するとともに、入植者たちの行動も一層過激化してきているのです。「占領地における人権イスラエル情報センター」、B’TSELEMのインターアクティブ・マップは、わずか三重県程の広さしかない西岸における入植地問題の全貌を明らかにしています。
ガザにおけるパレスチナ人の民族浄化が危惧されていますが、西岸においても、イスラエル政府が支援する形で入植地の拡大が行われ、その近隣に長年にわたって居住してきたパレスチナ人にとって深刻な惨禍が起きつつあります。
本稿では、私たちが気づかないうちに、イスラエルが西岸における入植地を急速に拡大している実態と、そして、それがパレスチナ人にもたらす厳しい将来について考えてみたいと思います。
