「ソウルの希望は愚かな夢にすぎない」と李在明政権を斬り捨てた金与正氏(写真:Lee Jae Won/アフロ)
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(金 興光:NK知識人連帯代表、脱北者)

 2025年8月15日、日本の植民地支配からの解放80年を記念する「光復節」に際して、韓国の李在明大統領は、南北関係の緊張緩和と日本との未来志向の協力を強調した。

 北朝鮮との軍事的な信頼関係を構築するため、2018年9月19日に締結された軍事分野における南北の合意「9・19軍事合意」の復活を表明するとともに、南北間の軍事活動の一部停止や非武装地帯での監視所撤去を段階的に進める方針を示した。

 また日本に対しては、過去を直視しつつ未来志向の協力関係を築くよう呼びかけており、南北および日韓関係改善への意欲を鮮明にした。

 だが、声明で掲げられた「信頼構築」と「未来志向」の言葉は、北朝鮮の現実の対応と照らして、果たしてどれほどの実効性があるのだろうか。

「国民主権政府」を標榜している李在明大統領は、6月4日の就任直後から北朝鮮との融和に突き進んでいる。その平壌に向かう“南北直通列車”には、「戦争より汚い平和のほうがマシだ」という奇妙なスローガンが掲げられているかのようだ。

 もっとも、運転席に座る李大統領はすぐにブレーキを踏むことになった。李大統領は筋金入りの親北派だが、北朝鮮は「滑稽だ」「愚かだ」と罵声を浴びせ、歓迎のそぶりすら見せないからだ。

 冒頭の声明が示している「軍事的な信頼構築」や「未来志向」は、南北間の現実的な力学からみれば理想論に過ぎない。北朝鮮は韓国が見せる善意のジェスチャーには見向きもせず、交渉は常に北朝鮮の条件に沿って進む。韓国政府の耐え忍ぶ姿勢は、北朝鮮の心理戦に利用されるだけだろう。

 以下、12の論点でその理由を解説しよう。

1. 虚しい出発:実用主義はなぜ最初の一歩目から崩れたのか?

 2025年8月14日、金正恩(キム・ジョンウン)総書記の妹、金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党副部長が投げかけた一言は、韓国の外交・安保ラインを正面から打ち砕いた。

「ソウルの希望は愚かな夢にすぎない」

 この単純な一文は、李在明政権が発足直後に掲げた「実用主義的対北政策」を無残に崩壊させた。蜃気楼のように、平和への期待と相互尊重に基づいた接近は虚しく霧散したのである。

 李大統領は南北間の緊張を和らげるため、拡声器を撤去し、対北放送も中止した。李大統領は「北側も一部撤去を始めたとの報告がある」と語り、まるで南北が合図を交わし、対話の入り口に立ったかのような錯覚を呼び起こした。

 ところが、金与正副部長の談話は、そのすべてを「錯覚」という一言で否定した。

「我々は拡声器を撤去したこともなく、撤去する意向もない」

 これは単なる否定や反論ではなく、韓国政府が一方的に構築しようとしている信頼関係を冷徹に拒絶し、同時にその善意を逆手にとって政治的主導権を奪う、極めて攻撃的な外交術だった。

 結果として、韓国は「独りよがりの錯覚国家」に転落し、李政権は最初の外交試みで予期せぬ嘲笑を浴びることとなったのだ。