デトロイト・タイガースの本拠地コメリカ・パーク(Allan Dranberg/CSM via ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ)
プロスポーツの世界でいう「エクスパンション(拡大)」とは、チーム数や地区数などを増やすことを言う。
スポーツビジネスの基本的な経済基盤は「観客数」だと言えるが、そのカテゴリー全体の観客数を増やすには、チーム数を増やし、業界としての「パイ」を増やすことが最重要だ。またチーム数が増えれば、対戦数の組み合わせも増える。要は「コンテンツが増える」わけで、これも大きなメリットとなる。
空白地帯を埋め続ける
MLBは、1871年にその原型となる「ナショナル・アソシエーション」が生まれたが、この年のチーム数は1リーグ9球団だった。
MLBがアメリカン・リーグ、ナショナル・リーグの2リーグ体制となった1901年には2リーグ16球団になったが、この体制は60年以上続いた。
この間、球団数の変動はなかったが、1953年、ニューヨークに存在した3球団のうち、ニューヨーク・ジャイアンツとブルックリン・ドジャースが、西海岸のサンフランシスコ、ロサンゼルスに移転した。
この時期までのMLB球団は東部、中部にしかなく、西海岸には存在しなかった。ア・ナ両リーグ体制になってから半世紀を経て、MLBはようやく西海岸にまで到達したのだ。
この時期までのMLBには、ビジネス上のライバルと言える存在はなかった。MLBは「ナショナルパスタイム(国民的娯楽)」であり、圧倒的な人気を誇っていた。
1960年代になってさらなる発展を求めて“MLB空白区”になっている都市への進出を考え始めたMLBは、1961年にロサンゼルス・エンゼルス(本拠地はアナハイム市)、ワシントン・セネタースと、まずアメリカン・リーグに2球団を増設。翌62年には、ヒューストン・コルト45's、ニューヨーク・メッツとナショナル・リーグに2球団を創設した。
さらにMLBは、1969年にはナ・リーグにサンディエゴ・パドレス、モントリオール・エクスポズ、ア・リーグにカンザスシティ・ロイヤルズ、シアトル・パイロッツと4球団を創設した。
この時期のMLBのエクスパンションは空白地帯のマーケットを埋める「ドミナント戦略」だったと言えよう。
アメリカの人口は1950年には1.5億人を超え、1960年には1.8億人、69年には2億人と急速に人口が増えていた。経済も急成長する中で、MLBは新たなマーケットを獲得すべく、エクスパンションを続けたのだ。
また、69年のモントリオール・エクスポズは、国境を越えてカナダに進出した。
エクスパンションは、さらに続く。
1977年にはアメリカン・リーグにカナダ2つ目の球団トロント・ブルージェイズとシアトル・マリナーズが加入。1993年にはコロラド・ロッキーズとフロリダ・マーリンズがナショナル・リーグに加入。さらに1998年からアリゾナ・ダイヤモンドバックスがナショナル・リーグへ、タンパベイ・デビルレイズがアメリカン・リーグに加入し、現在の2リーグ30球団体制となった。