2025年7月5日、日本選手権、女子800m決勝で優勝した久保凛 写真/長田洋平/アフロスポーツ
(スポーツライター:酒井 政人)
1分59秒52の日本新記録で優勝
今年の日本陸上競技選手権も若いパワーが爆発した。なかでも会場を沸かせたのが昨年、男女ともに“高校生王者”が誕生した800mだ。
女子は久保凛(東大阪大敬愛高)が“未知なるタイム”を目指して、自ら切り込んだ。序盤でトップに立ち、200mを28秒1で入り、400mを58秒1で通過。バックストレートで塩見綾乃(岩谷産業)を引き離して、600mは1分28秒2で通過した。終盤に入ってもダイナミックなフォームは色褪せない。「01:59:49」の速報タイムに会場がどよめいた。
久保は目指していた東京世界陸上の参加標準記録(1分59秒00)に届かずに、首を捻った。しかし、レース後の取材では充実の笑みがこぼれた。
「連覇がかかっているなかで凄く緊張してしまったんですけど、先頭を引っ張り、2周目も自分のリズムでリラックスして走れました。ラストの200mでまだ余裕があって、もう一段階ギアを上げることもできました。そこは成長かなと思うし、自己ベストで納得いく走りができて良かったかなと思います」
正式タイムは1分59秒52。終始トップを駆け抜けて、2位の塩見に4秒以上の大差をつける圧巻レースだった。
久保は昨年6月の日本選手権をU18日本新となる2分03秒13で制すと、7月の記録会で自己ベストを大幅短縮。一気に日本記録(2分00秒45/杉森美保)を塗り替えて、日本人初の1分台に突入した。しかし、19年ぶりに誕生した1分59秒93の日本記録は大会主催者が記録の対象となる競技会として申請していなかったため、世界陸連には認定されなかった。
「昨季が凄く活躍できたので、今季は不安もあったんです」と久保。17歳だけにメンタル的には未熟な部分もあった。今季は5月3日の静岡国際でセカンドベスト(当時)の2分00秒28をマーク。8日後の木南記念は「絶対に記録を出さなきゃいけない気持ちがあった」が2分02秒29に終わり、涙があふれた。それでも6月下旬のアジア選手権でサードベスト(当時)の2分00秒42で銀メダルを獲得したことがメンタル面での“転機”になったという。
「アジア選手権はシニアで初の日本代表ということで、『楽しんで走ろう!』という気持ちになれて、それがうまくいったんです。気持ちで一杯いっぱいになっちゃうと走れないとわかったので、日本選手権も深く考えずに走ろう、と。今回は2周目も脚が動きましたし、この大きな舞台で日本記録を更新できて、率直にめっちゃうれしいなと思います」
今回は全国に生中継された日本選手権で刻んだタイムだけに価値は高い。当然、世界陸連からも認められて、正真正銘の日本記録となった。東京世界陸上の開催国枠エントリー設定記録(2分00秒99)を突破している久保は日本選手権を優勝したことで開催国枠でのエントリー基準を満たしたが、日本選手権後に更新された「Road to Tokyo 25」でもターゲットナンバー(56)内に浮上。正規枠での代表内定に近づいた。
「1年ぶりぐらいに、納得いくレースができたので、このまま調子を崩さずに、『800mは久保凛やな』と思ってもらえるような自分らしい走りをしたいなと思います。世界陸上が東京で開催するということで、ワクワクしかありません。本番では1本でも多く走れるように、今後もしっかりと練習を続けたいなと思います」
7月下旬のインターハイでは800mだけでなく、1500mにも出場予定。その後は“世界”が待っている。