ユニークな駅とホームから見る絶景

 さて、ラッシュ時には1時間に10本以上の列車が走っている鶴見線だが、日中になると本数は途端に激減し、1時間に2~3本ほどの運行である。都会の列車に慣れてしまうと、1本逃すと次の列車まで40分待ちという状況は信じられないだろう。まさに都市部のローカル線さながらだが、これは結局鶴見線が京浜工業地帯を走っているからに他ならない。利用客の多くが工業地帯で働く従業員らのため、朝夕の通勤時間帯以外は運行本数が少なくても事足りるという訳なのだ。

 そこでこのダイヤを逆手にとって、じっくりと途中下車の旅を楽しんでみてはいかがだろう。これからは沿線の特徴ある駅の状況や過ごし方などを紹介しよう。

 まずお勧めするのは国道駅。起点の鶴見駅からわずか1駅なのだが、降りてみて衝撃を受けない人は、ほぼいないだろう。高架のホームに降り立つと特に違和感は覚えないが、改札へ抜ける階段を降りていくうちに、様相は一変する。とにかく暗いのだ。しかも駅員のいない無人駅ではないか。

 横浜市鶴見区という住所でありながら、まさかの無人駅。この事実に愕然としながら改札を出ると、そこに待ち受けるのは異空間。高架下にはアーチを形どった一見モダンな通路が続いているが、灯りもまばらでとにかく暗く、両脇の商店はほぼ閉店しており、入口や窓、壁などはベニヤ板で塞がれている。1人で歩くことを躊躇しそうなおどろおどろしい雰囲気で、現代から取り残された昭和の空気が充満しており、廃墟のようなイメージすら覚える独特の駅である。

暗い通路が不気味さを助長する国道駅。外には機銃掃射の痕もある

 一方、本線の終着である扇町駅はネコ好きにはたまらない。常に3~4匹のネコに出会え、ホームで熟睡していたり線路を我が物顔でのんびり散歩したりする光景に和まされる。

哀愁漂う後ろ姿。扇町駅にて

 安善駅から延びる大川支線の終着大川駅は、都市に存在する秘境駅だ。工場への通勤に特化した駅のため、平日でも列車は1日たったの9往復のみ。土休日にはわずか3往復しか走っておらず、次の列車まで10時間待ち! なんてことも起こりうる。

大川駅の時刻表。あまりの列車の少なさに、ここが川崎市だということを忘れてしまう

 最後に紹介するのが海芝浦支線の終点海芝浦駅。海と、東芝の前身である芝浦製作所が駅に面していることが駅名の由来であるとおり、ホームに降り立つと目の前には広大な京浜運河が広がっており、奥にみえるは首都高の鶴見なぎさ橋に横浜ベイブリッジ。あまりのロケーションの良さから話題になり、カップルで訪れるデートコースにもなっているほど。ただし注意したいのが、実はこの駅、改札の外には出られない。なぜなら駅自体が東芝の私有地内にあり、改札イコール東芝の門を兼ねているからである。

日没直後のマジックアワーと呼ばれる時間帯がお勧めだ。こんな光景が広がる駅は全国的にも珍しい

 とはいえここからの景色は一見の価値がある。訪れたいのはやはり夕方。空の色が刻一刻と変化する絶景をホームから眺めるとともに、このようなロケーションを残してくれた浅野総一郎へ感謝の意を表したい。

(編集協力:春燈社 小西眞由美)