蝦夷地を支配する松前藩への対応に注目

 当時、蝦夷地全体はほぼ未墾だったが、ごくわずかに松前藩の領地があった。江戸幕府が蝦夷地を直轄するには、松前藩から領地を取り上げなければならない。

 ドラマでは、意次が強引に松前藩からの上知(領地を召し上げること)を進めようとするが、息子の意知が「お待ちくだされ。上知をなさるには、理由がいるのでは」と制止。自ら「私が上知の理由に使えそうなものを調べてみますので」と申し出て、調査に乗り出す場面があった。

 その結果、「抜荷(ぬけに)」、つまり密貿易の疑惑があるという情報をキャッチした意知。証拠を探すべく動きだした。

 一方の意次は、松前藩と一橋治済がつながっていることを知る。えなりかずき演じる松前藩の藩主・松前道廣(みちひろ)がかなり狂気に満ちた男で、宴会の余興とばかりに、桜の木にくくり付けた女性を標的にして火縄銃を発砲。道廣の凶行はSNSでも話題となったが、意次からすれば、それを止めない一橋治済にも不気味さを覚えたようだ。

 実際の松前道廣とはどんな人物だったかというと、寛政4(1792)年、幕府から隠居を命じられている。蝦夷地に幕府の注目が集まるなか、藩の財政がひっ迫するほど遊興にふけったためらしい。藩主の座は子の章広に譲られたが、その後も道廣の問題行動は続いたようで、文化4(1807)年には永蟄居(えいちっきょ)の処分が下されて、終身にわたって出仕・外出を禁じられた。

 そんな問題児の道廣と、策略家の治済の組み合わせは、なんとも恐ろしいものがある。意次が蝦夷地の開発のために、道廣からどのように領地を召し上げようとするのか。息子・意知に近づく、福原遥演じる花魁の誰袖がキーパーソンとなりそうだ。

 少しだけ先の話をしておくと、天明4(1784)年には蝦夷地への調査団が派遣されるが、11代将軍の徳川家斉の治世になると、意次は失脚。代わりに老中となった松平定信が、蝦夷地の開発を引き継ぐことになるが、松前藩への対応も意次とは随分違ったものとなった。

 ドラマでは、政策のさまざまな面で、意次と定信の比較がなされるだろう。出版規制がクローズアップされることになるだろうが、蝦夷地の開発がどうなったのかについても注目すると、2人の手腕の違いがより浮き彫りになるだろう。

 次回は「小生、酒上不埒(さけのうえのふらち)」。戯作者の恋川春町は、狂歌師としては「酒上不埒」と名乗ったというから、酒癖が悪かったようだ。クリエーターとしてスランプに陥った春町を、復活させるべく蔦重が動き出す。

【参考文献】
『蔦屋重三郎』(鈴木俊幸著、平凡社新書)
『蔦屋重三郎 時代を変えた江戸の本屋』(鈴木俊幸監修、平凡社)
『探訪・蔦屋重三郎 天明文化をリードした出版人』(倉本初夫著、れんが書房新社)
「蔦重が育てた「文人墨客」たち」(小沢詠美子監修、小林明著、『歴史人』ABCアーク 2023年12月号)
「蔦屋重三郎と35人の文化人 喜多川歌麿」(山本ゆかり監修『歴史人』ABCアーク 2025年2月号)
『江戸の色町 遊女と吉原の歴史 江戸文化から見た吉原と遊女の生活』(安藤優一郎著、カンゼン)
『田沼意次 その虚実』(後藤一朗著、清水書院)
『田沼意次 御不審を蒙ること、身に覚えなし』(藤田覚著、ミネルヴァ書房)

【真山知幸(まやま・ともゆき)】
著述家、偉人研究家。1979年、兵庫県生まれ。2002年、同志社大学法学部法律学科卒業。上京後、業界誌出版社の編集長を経て、2020年より独立。偉人や名言の研究を行い、『偉人名言迷言事典』『泣ける日本史』『天才を育てた親はどんな言葉をかけていたか?』など著作50冊以上。『ざんねんな偉人伝』『ざんねんな歴史人物』は計20万部を突破しベストセラーとなった。名古屋外国語大学現代国際学特殊講義、宮崎大学公開講座などでの講師活動も行う。徳川慶喜や渋沢栄一をテーマにした連載で「東洋経済オンラインアワード2021」のニューウェーブ賞を受賞。最新刊は『偉人メシ伝』『あの偉人は、人生の壁をどう乗り越えてきたのか』『日本史の13人の怖いお母さん』『文豪が愛した文豪』『逃げまくった文豪たち 嫌なことがあったら逃げたらいいよ』『賢者に学ぶ、「心が折れない」生き方』『「神回答大全」人生のピンチを乗り切る著名人の最強アンサー』など。