「政治主導」が招いた若手の「やりがい喪失」

 昔は今よりも官僚の裁量が大きく、政策形成への影響力も大きかったため、「自分たちが国を動かしているのだ」という高揚感や誇りが「やりがい」につながっていた。この「やりがい」があったからこそ、昔の学生(特に東大生)は激務薄給と知りながら中央省庁の門を叩いたわけである。

 この点、現代の官僚は「政治主導」が定着するもとで政策形成の主導権を失っており、もともと雑用寄りの業務が多い若年層は特に「やりがい」を感じにくくなっているとされる。2020年の内閣人事局の調査によると、30歳未満の男性職員の7人に1人が「数年以内に辞めたい」との意向を示しており、その理由としては「もっと⾃⼰成⻑できる魅⼒的な仕事につきたいから」との回答が最も多い(49.4%<複数回答>)。

 この点、人事行政諮問会議の最終提言に付属する参考資料には、現役の官僚(課長補佐級<キャリアであれば30代が中心>)へのヒアリング結果も掲載されており、信頼性の高い「生の声」が聞ける。詳細については当該資料をご覧いただきたいが、例えば労働時間や給料については、

「未だに長時間労働が評価されているように思われ、いかに業務を効率化したかは評価されていないように思われる」

「給与水準は明らかに低い。辞職した職員の転職先の給与水準は相当高い」

 といった声が聞かれており、長時間労働体質が残存する中で給与面の不満が相当強まっている姿がうかがわれる。

 政治との関係については、

「トップダウンや政治との関係等で自分が納得できない決定がなされた時や理不尽なことにさらされた時に大きくモチベーションが下がった」

「政治家等に対する過剰な忖度をなくし、政治家等からの不合理な要求があれば、公務外に対して透明化、可視化していく必要」

 といった声が聞かれており、「政治主導」で一段と力を強めた政治家との関係に苦しんでいる姿がうかがわれる。「労働時間が長い割に給料が高くない」という外形的な状況が変わらないもとで「やりがい」まで失われたとなれば、シンプルに進路・仕事としての魅力が小さいと言わざるを得ないし、人材確保が困難になるのは当たり前のことである。

 だからと言って政治主導を巻き戻し、官僚の裁量を再び拡大することも現実的ではない。だとすれば、人材確保の観点では、失われた官僚の「やりがい」にどの程度の値段をつけるのかということに問題は帰着する。

 この意味で、人事行政諮問会議の給与引き上げの提言は「方向性」としては正しいと思うが、「あるべき水準」(≒失われた「やりがい」の価値)を示していない点は物足りない。キャリア官僚に再び優秀な人材を引き付けるには、失われた「やりがい」の価値を定量化し、それを踏まえた賃金水準の目線設定とその実現に向けたロードマップを示すことが必要だと思う。

※寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

河田 皓史(かわた・ひろし) みずほリサーチ&テクノロジーズ 調査部 チーフアジア経済エコノミスト
2010年東京大学経済学部卒業、2015年デューク大学大学院経済学修士課程修了。2010年日本銀行入行。エコノミストとして、日本の経済・物価に関する分析および見通し作成(調査統計局)、金融政策や金融環境・インフレ予想に関する分析(企画局)、マクロ経済モデルを用いたマクロストレステストの実施(金融機構局)に従事。2023年11月みずほリサーチ&テクノロジーズ入社。2024年10月より現職。