少年Aの精神鑑定からわかったこと

──少年Aの精神鑑定から、どのようなことがわかったのでしょうか。

川名:少年Aに対して行われた精神鑑定は、現在行われているそれとはかなり趣が異なるものでした。鑑定を担当したのは、ベテラン精神科医の中井久夫氏です。中井氏は、少年Aの脳の発達に着目しました。

 中井氏は、少年Aの脳の「性衝動」を司る部分と、「攻撃性」を司る部分が未発達で未分化だった。この2つが結びつき、残虐な犯行に及んだ。そう結論付けました。

 少年だから、脳の特定の部分が未発達であった、未成熟であった。それゆえに事件を起こしてしまった。この考え方は、少年Aが事件を起こした理由を発達、成長という観点から説明しており、極めて少年事件的と言えるでしょう。

──少年Aの精神鑑定を皮切りに、2000年以降の少年事件では、精神鑑定が多用されるようになったとあります。川名さんは、これに疑問視するようなことを著書の中で述べています。

川名:そうですね。私がそう考えるのは、昨今の少年事件で加害者に対して行われる精神鑑定が、少年Aが受けたものとは全く異なる類のものだからです。

 有名な例を挙げると、2000年に起こった豊川市主婦殺人事件でしょう。加害者は、当時17歳の少年でした。彼が犯行動機を「人を殺してみたかった」と述べたことで、全国的に注目されました。精神鑑定の結果、彼は発達障害だと診断され、医療少年院への送致が決定しました。

 これを契機に、精神鑑定によって発達障害と少年事件とを関連付ける少年審判や報道が増加していきます。けれども、それらの精神鑑定のほとんどは「加害者には共感性がない」「人の気持ちが分からない」「だから事件を起こした」というような内容です。

 少年の成長や発達、さらには家庭環境や学校との関係を掘り下げる視点が薄らいだと感じています。

 少年事件の加害者が、非常に苦しい環境に置かれていて、加害者自身が被害者感情を強く抱いている事件も多くあります。これは、今も昔も変わりません。

 少年は、無力とは言いませんが、非力です。過酷な環境を打破する力がないときに、最悪なかたちで彼らの被害者感情が爆発し、他者に刃を向けるというパターンが少年事件ではしばしば見受けられます。

 昨今の少年審判の精神鑑定では、加害者が犯行に及んだ理由を、発達障害、個人の脳の生まれつきの構造の問題として片付けてしまいがちです。社会で共有するべき課題を見いだすことが、どんどん減っています。

 家庭環境はどうだったのか、学校でどんな過ごし方をしていたのか、地域社会は彼ら彼女らを見守っていたのか──。昨今の少年審判の精神鑑定では、そういった要素がすっぽりと抜け落ちてしまっています。