世のラーメン好きの熱意がすごい、待つことをまったく苦にしないのだ(写真:Michael Gordon/Shutterstock)

(勢古 浩爾:評論家、エッセイスト)

 わたしはいまだに専門店のラーメンを食べたことがない。

 80年代半ば、荻窪ラーメン戦争といわれ、そこにテレビも加わり、落ち目の佐久信というラーメン屋の立て直しをやって評判になっていたころも、荻窪には行っていない。

 おなじ頃、「ラーメンの鬼」といわれた故佐野実が、藤沢の鵠沼海岸に店を開いた。

 その頃からか、客の側に、ラーメンを食べさせていただく、という空気があらわれはじめた気がする。

 食べている最中、客が一言でも口を開こうものなら、佐野氏から一睨みされ、「黙って食え」と叱責される場面が放映されたのは、衝撃的だった。

 佐野氏はラーメンの最高峰を極めようとした、日本で最初のラーメン職人かもしれない。

 かれが尊敬していたのは、当時、「ラーメンの神様」といわれた東池袋・大勝軒の山岸一雄氏である。

 もちろんわたしは、この両店のラーメンも食べたことはない。だから、つけ麺を食べたこともない。

 この頃からラーメンブームが沸騰した。石神秀幸氏というラーメン評論家がメディアに頻繁に登場したりもした。

 現在のラーメンブームはいつの間にか、部外者にとっては、もっと難しいことになっているようである。

「一蘭」や「一風堂」といった全国的な人気店が増え、ラーメンの種類はより多彩化しているように見える。家系とか二郎系とかいわれるが、これもさっぱりわからん。トッピングの種類や麺の固さなど、注文が複雑に見えて近寄りがたい。

町の小さな中華屋で醤油ラーメンを

 わたしはラーメンは好きでも嫌いでもない。ふつうである。

 どちらかといえば、好きなほうだが、特に好きということはない。

 およそ60年前、18歳で上京して来た頃は、町の小さな中華屋で醤油ラーメンをよく食べた。味噌ラーメンや塩ラーメンは食べた記憶がない(当時、あったのか?)。