幕府に目をつけられた鳥山検校の恐ろしい「強欲ぶり」
瀬川が客をとるシーンと同様に、私が「NHK、攻めてる」と感じたのは、蔦重が鳥山検校について言及したセリフである。
蔦重は当初、自分の気持ちに素直になれずに「検校で手を打つことねえんじゃねえか」と言い出した。すると瀬川が「鳥山様は素敵な方でござんすよ。男ぶりはいいし、品もいいし、何より、お優しいし」というので、蔦重はさらにこう言い放った。
「そうは言っても目え見えねえんだぞ」
もちろん、瀬川への恋心が芽生えたがゆえの対抗心から出た言葉だ。だが、そういうときにこそ、本音が出るというもの。
ドラマでの鳥山検校は、決して悪人として描かれていない。それだけに、これまで好青年として描かれてきた蔦重が、視覚障がい者への差別的な感情をあらわにしたことには、驚かされた。それと同時に、当時の庶民たちの視覚障がい者への心情をリアルに描いているとも感じた。
江戸時代、男性の視覚障がい者は「当道座(とうどうざ)」という組織に属することで、幕府により職業などを保護されていた。三味線などの芸能や鍼灸・按摩などが、視覚障がい者の独占事業とされたほか、「官金(かんきん)」と呼ばれる金融業も認められており、鳥山検校のように高利貸しで、財を築く者も現れたのである。
しかも、「検校」は盲官(盲人の役職)の中で最高位とされ、社会的な影響力も大きかった。鳥山検校は財も権力も兼ねそろえた人物だったといえよう。
さらに、鳥山検校は熾烈な借金の取り立てを行ったことでも知られている。ドラマでは、蔦重が「そうは言っても目え見えねえんだぞ」と言った後に、さらに瀬川にこう訴えかけている。
「江戸中の笑いもんになるぞ! どんだけいい顔してんのか知らねえけど、あいつらクズ中のクズだぞ。お上の情けをいいことに、葬式まで押しかけてむしり取って、そのお金貸して大儲けする。この世のヒルみたいな連中だぞ!」
言うまでもなく、視覚障がい者を保護することは大切なことだ。鳥山検校のような富豪は一部であり、支援なしには生活できない視覚障がい者が大勢いた。
また同じ検校でも、職業訓練として鍼灸の技術を指導した杉山検校や、視覚障がい者でも学者になれる道を示した塙保己一(はなわ ほきいち)らのように、多大な業績を残した人物もいる。視覚障がい者の保護政策によって、その個性を大いに発揮して、社会に大きく貢献した検校も少なくはない。
しかし、たとえ一部でも、鳥山検校のように幕府に保護されながら、高利貸しで築いた財をもって吉原で豪遊すれば、庶民は腑に落ちない気持ちにもなるだろう。蔦重の発言は、他の人も抱いていた強烈な違和感だったといえそうだ。
ドラマの後半では、そんな鳥山検校の怖さも表現されており、瀬川にあれだけ優しくしながらも、一方では熾烈な取り立てを行う裏の顔も想像できた。
その後、史実において、鳥山検校は幕府から処分を受けて、財産を没収されてしまう。高利貸しのやり方があまりに強引だと問題視されたからだが、庶民の不満を受けて幕府としても動かざるを得なかったのだろう。