複数年にまたがる調整局面も

 もっと悲観的な見通しを立てる人もいる。

 外国為替のベテランストラテジストで、現在は英国の資産運用会社ユーリゾンSLJキャピタルを率いるスティーブン・ジェン氏はかねて、マクロ経済の奇妙な現象の多く――例えば米国で最も貧しいミシシッピ州のドル建ての平均所得がドイツや英国のそれに匹敵し、日本の平均所得より著しく高いことなど――は、ドルの「ひどい」過大評価で一番うまく説明できると指摘している。

 ジェン氏の推計によれば、ドルはほかの主要通貨に対して約19%過大評価されている。

 米国の景気が著しく悪化してFRBが積極的な利下げを強いられるほどになれば、その過大評価分よりも大幅なドル安が進む可能性があるという。

 もしそうなれば、景気循環による力と構造的な力、そして政治的な力が重なり合って深刻なドル安をもたらすことになる。

「ドルは複数年にまたがる調整局面に入る運命にある」ジェン氏は4月上旬、顧客宛のレターにそう記した。

「米国の競争力が何年にもわたって低下してきたことの一因はドルの過大評価にある。貿易赤字の増大と今回の関税発動はこの不愉快な現実への反応だ」

FRBの独立性の問題から選択的デフォルトまで多様なリスク

 トランプ政権に批判的な人々によれば、ホワイトハウスが「金融リテラシー月間」を祝しながら4月に入ったことは今にして思えば非常に適切だった。

 その翌日に発動された「相互」関税があちこちで嘲笑され、その後の大混乱につながったからだ。

 その後、米国政府が新しい関税を一部停止したことで、株式市場はある程度秩序を取り戻している。

 スマートフォンと家電製品の一部も、中国からの輸入品も含めて相互関税の対象から除外された。

 これを見た投資家の一部は、最終的には当初懸念されたほどひどいことにはならないかもしれないと考えている。

 それでも、アナリストの多くは気を緩めず、トランプ政権が規範を覆すことに乗り気であるどころか熱心である以上、以前なら考えられなかったことが今では大っぴらに議論されていると警鐘を鳴らしている。

 FRBの独立性が脅かされているのではないかといった具体的な危険から、以前ならおとぎ話として切り捨てられた提案――例えば米国債の購入への課税や資本規制の導入、IMFなど国際機関からの脱退、債務の選択的デフォルト(不履行)――の実現の可能性まで取り沙汰されているという。

 金融大手バークレイズのグローバルリサーチ部門を率いるアジェイ・ラジャドヒャクシャ氏は「ショッキングなことだが、こういった問いかけが実際に行われている」と語る。

「この事態に目をつぶるわけにはいかない」

貿易交渉でさらに譲歩しても手遅れ?

 ということは、就任後の3カ月間に打ち出した好戦的なスタンスをトランプ政権が今後後退させ続けるとしても、投資家が少しずつ脱出する事態は避けられないかもしれない。

 米国の投資銀行エバーコアISIに籍を置く上級アナリストのサラ・ビアンキ氏は「本当に懸念されるのは、トランプは関税交渉を数件まとめられるかもしれないが、米国への信頼が広く失われたことが問題である時には貿易交渉で一段と譲歩してもうまく行かないかもしれない、ということだ」と主張する。

 シティコープを率いていた米国銀行業界の大物、故ウォルター・リストンは「資本は歓迎してくれるところに向かい、優遇してくれるところにとどまる」と指摘した。

 米国はもう1世紀近く、世界のマネーにとって究極の目的地だった。

 今では投資家が突如、もうそうではないかもしれないと考え、不安を募らせている。

 下手をすると、これは劇的な結果を招くことになるかもしれない。

(文中敬称略)

By Robin Wigglesworth, Kate Duguid and Arjun Neil Alim
 
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