軍事的ケインズ主義の追加的な効用
EUの共通債発行はただ単に防衛のために資金を調達する手段ではない。米ドルに代わる世界の準備通貨としてユーロを強化する機会も与えてくれる。
トランプ政権の移り気は、安全資産として米国債に代わるものを求める世界的な意欲が大きいことを意味するからだ。
EU共通債へのタブーは伝統的に、倹約的なドイツで強かった。
新型コロナウイルスのパンデミック中に、このタブーが部分的に破られた。それがこれから完全に一掃される公算が大きい。
ドイツの次の首相になるフリードリヒ・メルツは、防衛とインフラ関連の歳出をドイツの基本法(憲法に相当)で定められた赤字支出の上限から除外する方向へ進もうとしている。
ドイツが過去に財政規律を重んじてきたことは、多額の債務を抱えたフランスや英国よりも借り入れの余地がはるかに大きいことを意味する。
一種の軍事的ケインズ主義は欧州最大の経済大国に刺激を与えるかもしれない。
フランスのある有力ビジネスマンが相反する感情を少なからず込めて筆者に語ったように、「明々白々だ。ドイツ人は自動車を売れない。だから戦車をつくる」というわけだ。
ブレグジットのダメージ修復に弾み
トランプが欧州に施した最後の便宜は、ブレグジット(英国のEU離脱)後の英国とEUの関係改善を速めることだ。
英国首相のキア・スターマーとフランス大統領のエマニュエル・マクロンはウクライナ問題について緊密に協力してきた。
両者はメルツとともに強力な三頭体制を組めるかもしれない。
軍事費を拡大するメカニズムの一つは、英国も参加できる新しい欧州防衛基金だ。
ここにはブレグジットのパンドラの箱を再び開けてしまうことなく、新しい形の協力の枠組みを英国とEUに与える追加的な美点もある。
ブレグジットがもたらしたダメージを多少修復できる見通しは、これが欧州にとって、ただの脅威の瞬間ではないことを浮き彫りにする。
これは機会の瞬間でもある。
欧州は今、トランプの米国よりも安定した経営環境を提供できる。この事実はすでに、米国と欧州の株式市場の相対的パフォーマンスに反映されているのかもしれない。
トランプ政権が米国の大学への攻撃を強めるなか、一流研究者を欧州へ呼び込む機会も生まれる。
北米と欧州の間の給与と研究資金のギャップは大きい。だが、防衛費として飛び交っている数字と比べたら、問題になる資金の総額は小さい。