東日本大震災の復興でも活用されたSLの「集客力」

 各地でSLが姿を消して無煙化が進められる中、蒸気で走る力強いSLに魅力を感じる人たちから廃止を惜しむ声も挙がっていた。そうした声を汲み取った大井川鐵道は同年からSLを復活運転させる。

大井川鉄道のSL「トーマス号」(2023年4月28日)大井川鉄道のSL「トーマス号」(2023年4月28日、写真:共同通信社)

 大井川鐵道は静岡県を走る地方の鉄道事業者で、沿線は茶畑が広がる農山村のために通勤需要は少ない。SLの運行は沿線外からの観光需要を取り込む目的を含んでいた。

 同鉄道が始めたSL運行は各地から多くの観光客を呼び込み、注目を集める。これに倣い国鉄も1979年に山口県の山口線でSLを復活運転させた。その舞台として山口線が選ばれた理由は複数あるが、理由の一つとして1975年に全通した山陽新幹線の影響もある。

 SLは観光列車としての趣が強いため、国鉄はその集客力に着目し、東京・大阪・名古屋・福岡といった大都市からSL目当ての観光客を呼び寄せることを想定した。

 SL運行単体で見れば収支は赤字だが、SLに乗車することを目的とした観光客が新幹線に乗って山口線に足を運んでくれたら新幹線の利益とトータルでプラスになる――そんな考えから、新幹線需要を生み出せる山口線に白羽の矢が立ったと言われる。

 その後、国鉄が分割民営化して山口線がJR西日本に移管されると、JR北海道は釧網本線、JR東日本は上越線や磐越西線、JR九州は鹿児島本線・肥薩線で次々とSLを復活運転させていく。

 JRだけではない。埼玉県の秩父鉄道や旧国鉄から第三セクターへと移管された茨城県・栃木県の真岡鉄道などでもSLが復活運転した。ローカル線は朝夕の通勤時間帯以外で鉄道需要が少なく、それらの時間帯に需要を生み出すことが課題になっていた。そこでSLは沿線外から観光客を呼び込めるコンテンツとして重宝されたのだ。

 SLの集客力は東日本大震災の復興でもフル活用されている。JR東日本は2014年から岩手県の釜石線でSLの運行を開始。岩手県出身の詩人・宮沢賢治になぞらえて「SL銀河」と名付けられた同列車は、震災の復興支援を名目に10年間にわたって運行される。

 SL銀河の運行は釜石線沿線や周辺地域を活性化させて復興を後押しした。そして2023年に運行を終了した。

ファンらに見送られ、JR釜石駅を出発する「SL銀河」ラストラン(2023年6月11日)ファンらに見送られ、JR釜石駅を出発する「SL銀河」のラストラン(2023年6月11日、写真:共同通信社)

 東武鉄道は昭和期に自社で開発した鬼怒川温泉が歳月の経過とともに客足が落ちていたことを把握し、鬼怒川温泉を再生させるべく、2017年から鬼怒川線の下今市駅―鬼怒川温泉駅間でSLの運行を開始した。

51年ぶりに蒸気機関車の営業運行が復活し、東武鉄道の鬼怒川温泉駅を出発する「大樹」の一番列車(2017年8月10日)51年ぶりに蒸気機関車の営業運行が復活し、東武鉄道の鬼怒川温泉駅を出発する「大樹」の一番列車(2017年8月10日、写真:共同通信社)

 昭和の鉄道業界をけん引してきたSLはエネルギー革命という社会情勢に押されて活躍の場を失ったが、平成期には観光という新しい役割を得て再び存在感を取り戻そうとしていた。