文・写真=山﨑友也 取材協力=春燈社(小西眞由美)

来月の23日で事実上のラストランとなる「SL人吉」。惜しまれつつ、58654号機はその歴史に幕を閉じる ※肥薩線内で撮影

1922年生まれの59654号機

 現在、国内では観光用として数多くの蒸気機関車が活躍しているが、そのなかでもっとも古い機関車が、九州の鳥栖と熊本を結び「SL人吉」として走っている58654号機だ。この機関車は8620形という形式で、ファンからはその語呂からハチロクと呼ばれ親しまれている。1922年生まれの59654号機は一昨年に100歳の誕生日を迎えたのだったが、大変残念なことに寄る年波には勝てず、今年の3月を持って運行を終了してしまうのだ。

 ここで少しハチロクの歴史をおさらいしておこう。そもそもハチロクが登場したのは1914年。その頃は明治時代から輸入していた蒸気機関車が引退の時期を迎えていた。一方で国産の製造技術が大幅に進歩を遂げていたため、日本の鉄道の仕様にあった蒸機を当時の最新技術を駆使して造られたのがハチロクである。

 前年に造られた貨物列車用の9600形蒸機(キューロク)と並んで本格的に量産された国産初の旅客用蒸機として、幹線からローカル線まで幅広く活躍した。

 ちなみにこの58654号機はハチロクの435番目に造られた機関車だ。「ん、なんで?」と思われる方がほとんどだろう。それもそのはず、ハチロクの号機の付け方は一般的な機関車とはかなり異なっているのだから。

 8620形で1番目に造られた機関車は8620号機である。2番目が8621号機、3番目が8623号機・・・となり、80番目に造られた機関車が8700号機となるはずだった。しかしここで大きな問題が生じてしまう。なぜならすでに8700形という機関車が存在していたため、このままでは機関車の番号がダブってしまうのだ。

 そこで秘策を考えた。80番目は千の位の8の前に1をつけ、5桁となる18620号機とすることにしたのである。以降、80の倍数のたびに万の位の数字が1増えるようになっていく。同様にキューロクの場合も、100番目の機関車は19600号機となっている。

58654号機の場合、80×5=400となり、8654−8620+1=35なので、これらを足して435番目に造られた機関車だということ

 さてその58654号機は長崎の浦上機関区に配属され、長崎本線でデビュー。その後は九州各地を転々とし、お召し列車を牽引するなど輝かしい経歴も持つ。1975年に人吉機関区で最後の任務を終えたのち、肥薩線矢岳駅脇にある人吉市SL展示館で保存されていた。

 ところがJR化後に転機が訪れる。九州鉄道100周年などの事業としてSLを復活させようとしていたJR九州の目に留まり、58654号機に白羽の矢が立ったのだ。そして1988年、豊肥本線熊本~宮地間を走る「SLあそBOY」として見事に復活を果たすのである。