奇跡の再復活を果たすもついに引退

豊肥本線立野~赤水間のスイッチバックを登る「SLあそBOY」

 雄大な阿蘇山をバックに迫力あるドラフト音を轟かせながら疾走する「SLあそBOY」は鉄道ファンだけではなく、多くの人々を魅了しつづけた。特に立野~赤水間にはスイッチバックが待ち構えていたため、豪快な煙を吐いて登っていくようすは格好のシャッターチャンスとなっており、ボクも何度も通って撮影した。ところが長年この急勾配を登っていたことが仇となったのか、機関車の台枠に重大な損傷が発生し修理不能と判断され、2005年に引退を余儀なくされてしまう。

 しかし九州新幹線全線開業に向けての観光資源の活性化や、地元やSLファンらの熱い声に押され、再復活に向けての検討が始まった。最大の問題は損傷してしまった台枠を造り直せるかどうかということだったが、資料や図面なども古いなかで入念な検討が何度も重ねられ最新の技術を駆使した結果、台枠の新造という史上空前のプロジェクトが見事成功したのである。社員を始めグループ会社や車両メーカーなどが一致結束し、関係者たちの熱い想いがついに実った瞬間だった。

 そうして2009年4月25日、58654号機は肥薩線を走る「SL人吉」として奇跡の再復活を果たす。客車も「和」をイメージしたクラシカルなものにリニューアルされ、眺めの良い展望ラウンジやビュッフェなども設けられた。沿線には風光明媚な球磨川が寄り添い、季節ごとに表情を変える光景には乗客のみならずボクら撮り鉄たちも魅了されていた。

編成の両端にある展望ラウンジ。最後尾からは流れる景色が楽しめる ※肥薩線内で撮影

 この美しくも懐かしいシーンがいつまでも続くものだと皆が思っていたのだが、再び悲劇に見舞われる。2020年7月に発生した熊本豪雨によって肥薩線は2本の鉄橋が流出するなど約450ヶ所が被災し、現在でも復旧の見込は立っていない。そのため「SL人吉」は翌2021年5月より運行区間を鹿児島本線の鳥栖~熊本に変更し、かろうじて活躍の場が保たれていたのだが、先述したとおり機関車の老朽化ということでついに運行を終了してしまう。

球磨川が作りだす美しい渓谷のなかを進む ※肥薩線内で撮影

 最終月となる3月の運行日は1~4日、7~11日、14~17日、20~23日。23日はラストランイベントがおこなわれ、熊本~博多間を特別運行するという。ただしSLが牽引するのは熊本発の列車で、熊本行きの列車はディーゼル機関車の牽引となるので、その点を乗る人も撮る人も注意しておこう。加えて乗車することはできないが、24日には熊本から八代まで走行し、運行終了式典も予定されている。

 さまざまな困難にも耐えて打ち勝ってきた59654号機だったが、今回で見納めとなる可能性が非常に高い。長きにわたりボクたちに幸せと感動を与えてくれた機関車に心から感謝の意を伝えながら、最後の勇姿を是非この目に焼きつけておこうと思う。