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「世界は明日からドラスティックに変わる」自動車業界では、EV、SDV、AIなどの技術進化によって車づくりが根底から変化するとの声が聞かれる。自動車経済評論家の池田直渡氏とモータージャーナリストの岡崎五朗氏がJBpress autograph編集長・鈴木文彦とともに、自動車業界のニュースを語る動画番組「JAPAN INNOVATION CHANNEL(イノチャン) みんなが言わない自動車NEWS」。今回は、続々と現れる新しい技術や新興勢力の台頭を私たちはどのように受け止めるべきなのか、自動車産業の歴史から思考の補助線を引く。
自動車産業の特殊性
鈴木文彦 これまでの番組視聴者の反応を見ていて、同じニュースに対しても、自動車業界のことをどの程度把握しているかで、温度差があると改めて考えるようになりました。「破壊的イノベーションで世界は明日からドラスティックに変わる」といったことをいわれて、どの程度真に受けるか。人によってその差が激しいですよね。
岡崎五朗氏(以下敬称略) クルマはすごく身近な商品です。所有している人も多いし、日本だけでも運転免許保有者は何千万人もいる。これだけの規模のBtoC産業は本当にまれです。しかし、これほど巨大な産業でありながら、一人一人のユーザーに対してきめ細やかな対応をとっていかなければ成り立たない。その一点だけでも、かなり特殊だと認識する必要があります。
鈴木 しかも商品の価格はコミックや音楽などとは比べ物にならないほどに高い。今ここにある自動車産業は非常に独特で、かつ100年以上の歴史を持つ経験豊富な産業でもあると思います。
岡崎 だから「クルマはタイヤの付いたスマホになる」というような言説に出合うと、私は100年間の営みを理解していないんだなと思ってしまいます。そういう無理解から発せられる意見は、私たちメディアが説明し切れなかったのも悪いのかもしれませんが、現実とはかけ離れたものになってしまうのではないでしょうか。
プラットフォーム戦略の本質とは
鈴木 今回、具体的に話題にしたいのはプラットフォームという考え方です。現在、水平分業のクルマづくりが新しいもののように語られますが、自動車業界には昔からハシゴ状のフレームに動力機関、操縦装置、タイヤをくっつけて、最後に被せる外装の違いでスポーティーに見せたり、バンにしたりという設計・生産方法がありますよね。
ランドローバー シリーズ1のフレーム。ドアやルーフなどがなくても走行できるため、外観の自由度は高い(出所:ランドローバー)
池田直渡(以下敬称略) 110年前にGMが取ったプラットフォーム戦略がまさにそれですね。でも結局、スポーティーカーとセダンの中身が全く同一というわけにはいかず、スポーティーカーはライバルよりコーナリングが速くないといけないとか、セダンは乗り心地がよくないといけないとか、それぞれ強化する部分が出てくる。そうやってあちこち強化しているうちに、汎用部品という発想に縛られるより、別々に専用設計したほうが安上がりになっていった。だから今でいうプラットフォームというのは、汎用部品という発想とは全然違っていて、専用の用途のための設計があらかじめ織り込まれているという考え方の方が近い。つまり、こういう車種群がこのプラットフォームで形成され、そこでの要求はこれとこれとこれ、という具合に。
そして、このプラットフォームなんていうのはまさに典型的ですが、クルマづくりは、設計と生産をまたいで綿密に連携しながら、効率的にいいモノを安くつくるというのが、その本質です。
サプライチェーンについても、例えばアメリカでワイヤーハーネスのような手工業的な部品まで生産したらコストが上がってビジネスが成り立たない。だからメキシコで生産する。そうしたサプライチェーンの構築によって、3万点の部品を組み上げてクルマという商品が成り立つわけで、それらも全て、設計図に落とし込んでプラットフォームが作られている。
岡崎 トヨタにはGA-Kというプラットフォームがありますが、これは下は450万円のRAV4から上は2500万円のセンチュリー(SUV)まで、ミニバン、セダン、SUVと多様なモデルを生み出していますからね。
トヨタのGA-Kプラットフォームで生み出される車種(トヨタの広報資料を基に作成)(15:24)
池田 つまり設計思想の共有化です。クルマの開発ではコンピューターシミュレーションを多用しますが、これにはコストがかかる。だから、一度実施したシミュレーションをなるべく流用できるようにすることは、部品の共用化よりもコストダウンに効果的なんです。
混流生産と多車種展開の意義
鈴木 とはいえ、よく売れている車種であれば、そのクルマ専用の工場を作り、休みなく稼働させればいいですよね?
岡崎 現在のテスラはよく売れています。収益の大半は同じプラットフォームのモデルYとモデル3の2車種が稼いでいます。こういう状態は非常に効率がいい。ただ、クルマは人気が出ることもあれば飽きられることもある。現在の売れ行きに工場を最適化してしまうと、稼働率を下げられなくなる。
テスラの再量販モデルであるモデルYとモデル3(出所:テスラ)
しかし、例えば先述のGA-Kプラットフォームのように同一プラットフォームで多様な車種を作っていれば、あるモデルが売れない状況に陥ってもリスクを分散できます。こうした戦略は、トヨタが年間1000万台を生産するメーカーだからこそ必要になるのです。
池田 多車種展開をしないと400万台から先に進めません。そして多車種展開をする際は、生産ラインを混流生産、つまり順不同でさまざまなクルマが自由に作れる状態にしないと、稼働率を保ちながら生産コストを下げることができません。
鈴木 マツダは120万~130万台規模ですが、スカイアクティブも、柔軟な生産を可能にする技術ですよね。
池田 マツダはフォードとの資本提携を解消した際に、プラットフォームを引き上げられました。当時もマツダは年産130万台程度でしたが、世界市場に対応するには9車種を展開せざるを得ませんでした。そこで基礎設計を共用しながら異なる商品を作る「一括企画」と、混流生産で作り分けるというゴールにたどり着いた。それが広くスカイアクティブと呼ばれている技術です。
マツダ マルチソリューション説明会2025より(20:07)
成長スピードの罠
鈴木 ここまで度々語られる生産台数ですが、400万台規模が一つの分水嶺(れい)、つまりここから先に進むには壁があるといわれていましたよね。
岡崎 かつては400万台に達していなければ、自動車メーカーは生き残れないといわれていましたが、いつの間にか誰も口にしなくなりましたね。ただBYDは2023年に300万台を超え、2025年は460万台まで成長しました。彼らはトヨタのように1000万台を目指していますが、現在は成長することの難しさに直面しています。トヨタは、地域や国をまたいで、2次、3次、4次のサプライヤー、協力会社に目を配りながら、不良品を出さないで、1台当たり3万点のパーツをしっかりとコントロールし年間1000万台を実現している。これは並大抵のオペレーションではできない。だからトヨタはすごいわけです。
池田 現在は成長速度が評価されがちですが、世の中には必ず予見不可能な事態が生じます。リーマンショック、コロナ禍、ウクライナ戦争・・・こうした事態によってビジネスの流れが止まる。ここで生き残れるかは、いかに素早く成長するかよりも重要なんです。テスラとBYDは、そこに懸念があると考えています。
岡崎 マラソンで最初の1キロでめちゃくちゃ速かったら、むしろ「大丈夫かな?」と思うのが普通でしょう。そうした冷静な解説がまかり通らないのが今の自動車業界ですね。
池田 高速の先行投資で生産規模を拡大するというのは、減価償却がどんどん増えているということです。償却する原資がない年があった時にどうするのか。現在の拡大が済んでいないうちに、その次の拡大を計画するのは、大きなリスクを孕んでいます。
岡崎 実際、2000年から年間50万台ずつ増産していたトヨタはアメリカでのリコール、品質問題に直面しました。そこで豊田章男社長の時代に右肩上がりの成長をやめて足固めに転じ、サプライチェーンからプラットフォーム戦略まで徹底的に見直し、ようやく利益がついてきて今があるのです。
池田 それまでトヨタは成長を続けるため、とにかく生産しやすいクルマを設計することを優先していたんです。それが商品力の低下を招き、リーマンショックで創立以来の赤字を記録しました。そこで「意思ある踊り場」と称して3年かけて新規の工場ではなく、既存の工場のカイゼンに徹底的に取り組んだ。
岡崎 リーマンショックをはじめさまざまな困難な状況を経験しながらも、日本の自動車メーカーはいずれも破綻していない。そこは強みです。新興勢力が出現すると、必要以上に称賛し、旧勢力はオワコンだと、0か100かの議論になってしまいがちですが、新しいところも古いところも切磋琢磨していくというメカニズムでマーケットは動いている。完全勝利と完全敗北といった極端な論調には影響されない方がよいでしょう。
池田 EVと内燃機関とどちらが優れているのかと問われると「今までガソリンとディーゼルが普通に併存していることに疑問を持ちませんでしたよね?」と答えています。なぜどちらかが勝つかという論調になるのか。それは不自然でしょう。いろいろなものが併存しながら、長所を生かす形で利用されていくだけの話です。
鈴木 2025年は中国を中心にいくつかの新興メーカーが大きく成長し、またAI活用にも大きな注目が集まっています。そういう報道を受け取る際にも、ここでの話題を頭の片隅に入れておくと、見え方が多角化するのではないでしょうか。
トヨタ元町工場の組立生産ライン(2018年9月時点、出所:トヨタ)

