恐慌・新メディア・低リテラシー
なぜナチスは/斎藤候補は集票できたのか?
なぜ、1933年のドイツでナチス党は民主的な選挙を通じた投票で圧倒的な支持を集めて独裁体制を確立できたのか?
この問題は、私の研究室が30年来一貫して扱ってきた話題で、岩波「思想」に連載した論考などに詳説しましたので、結論だけ記します。
3.戦後の敗戦国ドイツは歴史的な不況とインフレに見舞われ、そのまま世界大恐慌に突入
つまり、ナチスが政権を取ったとき20歳だった青年(1913年生まれ)は生まれた翌年から戦争とパンデミック。不況の連続。
教育を受ける機会を奪われ、勃興中のニューメディアに、完全にマインドコントロールされてしまった。当時のドイツ青年層に情報リテラシーはゼロ状態でした。
ちなみに1933年ナチス選挙でも、メディアの数量規制などは存在せず、あるだけのリソースをつぎ込んで有権者をマインドコントロールしまくった結果が「全権委任法」、ヒトラー総統の誕生でした。
30歳だった「チーム・ヒトラー」ことSAのメンバー(1903年生まれ)は小学中学年以降、まともな学校教育を受けることなく成人、敗戦後インフレの中に投げ出された、不幸な「ロスジェネ」だったことが分かります。
そして、そういう「チーム・ヒトラー」のロスジェネが、出口の見えない苦悩の中で「これだ!」と飛びついたのが、反対勢力やユダヤ人へのヘイト、ネガティブ・キャンペーンに立脚した「我らの正義」アドルフ・ヒトラーとナチスのスローガンだったわけです。
ほぼこれと同様の「あるだけのネット・リソースをつぎ込んだ二馬力ネガキャン選挙」が今回「まさかの再選」を実現させてしまった。
これも、1990年代から永続する「失われた30年」で低リテラシーの状況に留め置かれた若年層が「チームさいとう」のデジタル民兵に先鋭化。
「自分は正義」と勘違いして、膨大な不法行為を働いてしまっている。
「チームさいとう」に参加したという人物のコメントをネットで聞きましたが、「県民局長は悪なわけ」「立花さんは悪を糾弾してくれる仲間」といった表現で、まさにナチスを彷彿とさせる述懐が目立ちました。
「低リテラシー」が明らかな、残念な本音を聞いてしまいました。
ここでもう一つ、極めて残念なのが「新マスメディア」の登場です。
ナチス・ドイツでは「宣伝大臣」ヨーゼフ・ゲッペルス(1897-1945)が、当時登場したばかりの「ラジオ放送」「発声映画(トーキー)」などの新マスメディア、そして飛行機のネットワークなどを、数量制限なしに投入して有権者マインドコントロールに濫用しました。
メディアリテラシーの訓練がないと、人はなぜか容易に事前にメディア、例えばテレビやユーチューブなどで見た人の実物に会うと、変にうれしくなったり興奮したり、ファンになってしまったりするという傾向を見せます。
今を去ることほぼ四半世紀、2001年に私は慶應義塾大学(「日吉」)で持っていた「音楽への今日的アプローチ」という授業を、半期すべて前日に番組として収録、遠隔状態で実施するという取り組み行ってみたことがあります。
コロナ以降の現在では普通ですが、当時としては中々手間がかかり、私は地上波番組「題名のない音楽会」を退いた直後でしたが毎週頑張って授業コンテンツを収録編集、TA(Teaching Assistant)の福田貴成君(現・東京都立大学准教授)がVHSのテープ(!)を持参して日吉で再生、半期13回の講義を遠隔で実施しました。
さて、期末試験、その年度初めて私が日吉の教室を訪れると、予想を超え、私が部屋に入っただけで「バカ受け」の状況となってしまいました。
「本当に実在したんだ!」といった声を聞いたのも覚えています。なるほど、これがヒトラー人気を創り出したパワーか、と納得がいきました。
ゲッペルスは、あらかじめヒトラーの演説音声や映画映像を全国各地でメディア露出、有権者に情報被曝させておくのです。
そしてドイツ全国を颯爽と飛行機で飛びまわり、アドルフ・ヒトラー本人が登場すると、もうそれだけで大衆は興奮の渦に巻き込まれてしまう・・・。
典型的なメディアマインドコントロール、かつてのオウム真理教でも、現在の北朝鮮など全体主義体制下でも同様の手法が用いられる、陽動手法にほかなりません。
今回の兵庫県知事選、「SNS」という言葉が独り歩きしていますが、専門の観点からはやや修正が必要と思います。
問題は「音声動画コンテンツ」の濫用、特にその「自動増殖」を煽る「AI営利網」が、事態を悪化させました。
「バズワード」を仕込んだ適当な動画を作っておけば、それなりに儲かってしまうのです。
そういった不健康な営利動機が、事態を悪化させたことが観測され、法規制に向けた準備が進められる必要があります。
この末期状態のなか、総務大臣を気骨のある村上誠一郎氏が務めているのは、救いのように思われます。