『拳と祈り―袴田巖の生涯―』という映画が、10月19日から順次公開される。58年前、静岡県で一家4人が犠牲になった強盗殺人放火事件。本作品は無実を訴えながらも死刑囚となり、47年7カ月の獄中生活を強いられた袴田巖さんと、弟を信じ、支え、帰りを待ち続けた姉・秀子さんを追った長編ドキュメンタリーだ。再審開始決定と同時に死刑囚のまま釈放されるという異例の事態の中、2人に寄り添い、22年間にわたって取材を続けた笠井千晶監督。笠井氏と親交のあるジャーナリスト・柳原三佳氏が話を聞いた。
常に歩き回っているのは長期拘留による拘禁症状、映像でなければ伝わらない
(柳原 三佳・ノンフィクション作家)
――今年8月に行われた試写会で150分を超える作品を観させていただきました。本当に心を揺さぶられました。まさに、映像で真実を伝える貴重なドキュメンタリー作品です。歴史に残る傑作だと感じました。
笠井千晶監督(以下、笠井) ありがとうございます。あの時点ではまだ再審無罪判決が確定していなかったので、確定後に再編集して、完成版を仕上げました。
――袴田さんは釈放後もご自分の精神世界を持ち、自由の身となってからもご自宅の部屋の中や近所をずっと歩き続けておられました。あの状況は、映像でしか伝わらない、精神医学的にも大変貴重な記録と言えるのではないでしょうか。
笠井 そうですね、袴田巖さんという、死刑囚としては世界でも例のない長期の拘留を経験された方に現れている拘禁症状、その現実は、実際に映像で見なければなかなか理解できないものだと思います。
――巖さんにとって「歩く」ということは、どのような意味をもつのだと思われていますか。
笠井 もともとプロボクサーのスポーツマンですので、「歩いている限り、自分は大丈夫だ」という思いがあったのではないでしょうか。あの行動は拘置所時代から始まっていて、同じことをずっとされてきたそうです。
罪など犯していないのに47年7カ月も自由を奪われ、死刑囚となった後は、明日、執行されるかもしれないという恐怖におびえながら毎日を過ごす……、その苦しみは想像を絶するものです。死刑の残虐性というものを考える意味でも、記録する意味の重さを感じていました。