不動産市場の脱市場主義化が進む

 住宅年金の目的については、必ずしも商業住宅オーナーの福利を考えて導入されるものではないかもしれない。2022年末までに中国の都市部の20%の住宅が築後30年を超えていて、それが2040年には80%にまで増える。

 現存の比較的古い小区の40%が修繕の必要性があるという住宅建設部の統計もある。国内で2000年以前に建てられた住宅は27.55%で、今後、修繕を必要とする住宅は急増する見込みだ。そしてそのような老朽住宅には公営住宅も多く、住宅年金はもともと公営の老朽住宅を対象に考えられているようだ。

 また不動産在庫問題を抱える中国では、いま新たな不動産建設プロジェクトにブレーキがかかっており、建築業界やその周辺産業は不況にあえいでいる。そこで古い住宅のメンテナンス事業を新たな産業として拡大するために、住宅年金制度を導入したいのかもしれない。

 ただ既存の「住宅特別維修基金」は本来、住宅オーナーの積立金であり、効率的に利用、管理するため社区の管理委員会に委託する形になっているだけだ。それを公的年金に取り込むというなら、それは住宅オーナーの積立金を政府が接収するということにはならないのだろうか。

 土地が公有制の中国では、老朽化した個人所有の住宅の建て替えは中国では非常に複雑な手続きが必要だ。容積率の問題も起きやすい。そうなると、老朽化する前に住宅を手放したいと考える住宅オーナーも少なくない。

 最近は多くの住宅所有者が不景気のため住宅ローンが払えない状況に直面しており、中古不動産の売却量が増えている。このため、中古住宅市場の価格が急落している。こうした中古住宅市場を救済するために住宅年金制度を導入したいという考えもあるようだ。

 いずれにしろ、不動産市場、不動産業界の構造は今大きく転換期に来ており、住宅年金制度導入もその一環と見ることができる。思うに習近平政権は、これまで改革開放路線によって一定程度進んだ市場主義制度、資本主義制度を社会主義市場制度に回帰させるつもりで、いろいろ政策を打ち出している。

 中国でもっとも過剰に資本主義化が進んだのは不動産市場であり、習近平は目下、不動産市場の脱市場主義化を進め、民営企業の不動産在庫を地方政府に買い取らせるよう指導。市場メカニズムとは関係ない、党による価格統制された安価な公用住宅が今後、中国の住宅市場の中心になっていくと思われる。住宅年金はこうした公的住宅の制度を補強していくものではないだろうか。

福島 香織(ふくしま・かおり):ジャーナリスト
大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所、2023)、『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房、2023)など。