(英エコノミスト誌 2024年5月11日号)
秩序の崩壊は突然、取り返しのつかない形でやって来る恐れがある。
一見すると、世界経済は盤石で、安心できるように思える。米国は中国との経済戦争がエスカレートしているのに、好景気を謳歌している。
ドイツはロシアからのガス供給が断たれても経済的な大打撃に見舞われずに済んでいる。
中東での戦争は世界に石油ショックをもたらさなかった。
武装組織フーシはスエズ運河につながる海域で貨物船にミサイルを打ち込んだが、世界の物流にほとんど影響を及ぼしていない。
世界全体の国内総生産(GDP)に占める貿易の割合はパンデミック時の落ち込みから拡大に転じ、今年は順調に伸びていくと見られている。
しかし、もっと深いところまで目を光らせれば、脆弱性が潜んでいることが分かる。
第2次世界大戦後の数十年間にわたって世界経済を司ってきた秩序が蝕まれ、崩壊に近づいているのだ。
秩序を無秩序に変える引き金になり得る要因は恐ろしいほど多い。
無秩序な世界では「力が正義」となり、大国は再び戦争を問題解決の最終手段と位置づけるようになる。
たとえ紛争に至ることはないとしても、規範の崩壊が経済に及ぼす影響はあっという間に、容赦なくやって来る恐れがある。
制裁増から補助金戦争へ、秩序は機能不全に
本誌エコノミストが今週号の特集記事で論じているように、旧い秩序が崩れていく様子はあらゆる場所で目にできる。
まず、制裁の発動件数が1990年代の4倍に増大している。
米国は先日、ロシア軍を支援する第三国の個人・事業体にも制裁(いわゆる「二次的」制裁)を科した。
補助金戦争も進行しており、中国や米国がグリーン製造業に巨額の国家支援を行っているのを見て、ほかの国々がまねようとしている。
また、国際的な取引は米ドルでの決済が依然支配的で、新興国の経済も以前より回復力が高まっているが、グローバルな資本の流れは分裂し始めている。
古いシステムを守る機関は、すでに機能不全に陥っているか急速に信用を失いつつあるかのどちらかだ。
世界貿易機関(WTO)は来年で発足30周年を迎えるが、米国に無視されているせいで、活動が停滞して5年以上経過した状態でその節目を迎えることになる。
国際通貨基金(IMF)は、環境保全と金融の安定性確保という2つの課題の間で板挟みとなり、アイデンティティー危機に陥っている。
国連安全保障理事会はマヒ状態だ。
そして、本誌が報じているように、国際司法裁判所(ICJ)のような超国家的な裁判所は、対立する国を痛めつける兵器として利用されることがますます多くなっている。
先月には、ミッチ・マコネル共和党上院院内総務を含む米国の政治家が国際刑事裁判所(ICC)に対し、もしイスラエルの指導者らの逮捕状を発行したら制裁を科すと脅しをかけた。
イスラエルは南アフリカからも、ジェノサイド(集団虐殺)行為を行っているとしてICJで訴えを起こされている。