いや、総長の藤井輝夫氏と私は同学年ですし、東大総研で若手助教授時代からサポートしてもおり、彼は尽力していると思います。

 ただ、東大というところは「理事副学長」が実質的に動かす組織なので、そのレベルで「今回もどうせ東大は落ちることがないから調整型で行きましょうや」とやられてしまうと、元からデザインも表現も素人の「東大の先生」の「談合」でまともなものが出ると期待する方が間違いでしょう。

 その点、東北大学のプランは全く違った。

「材料科学」「スピントロにクス」という仙台に根のあるコアコンピタンスに震災などの経験を経て「災害科学」「未来型医療」を付加した研究の核は大野英男総長自ら牽引する分野が明確に見て取れます。

「ああ、本当に中身に責任をもって、世界に伍する覚悟でやってるんだな」と、あらゆる審査員がすぐ分かります。

 なぜ?

 大野さんは、東京大学生産技術研究所・榊裕之研究室の1期生として、のちに量子ドットなどのメッカとなる榊研の立ち上げを支え、その後IBMワトソン研究所に留学、江崎玲於奈フェローのもと、世界の物性物理を支えるIBMの戦略的な叡智とふんだんに交わり「勝つとはどういうことか」を身をもって体験されました。

 そののち東北大学大野研から、世界への発信を創始した。

 同じくIBMワトソン研には東大からも佐々木亘・小林俊一研究室出身の家泰弘氏が(AT&Tベル研とハシゴで)留学、のちに物性研究所長、日本物理学会長などを経て、現在は中部大学の総長を務めておられます。

 やはりIBMワトソン研での戦略的基礎研究のDNA、端的には江崎玲於奈博士のストラテジーが生きている。

 かつて「電子立国日本」を支えたのはほかならぬ日本で学んだ人たちであって、それが国内で必ずしも場所を得ず、米資が育てて世界の半導体を変えた経緯があった。

 その根はまだ、日本で完全に枯渇しているわけではないのです。

 およそ比べるべくもありませんが、私も家先生と同じ小林俊一研究室で学び、物理で大したことはしていませんが、AT&Tベル研の後進、ベルコア~スタンフォード大学CCRAMAやIRCAMの戦略性を20代前半で知ったことで、その後三十数年の仕事を今も続けることができています。

 東大に勤めてすぐに声をかけられ設立した「株式会社東大総研」も、IBMとPwC(プライスウォーターハウスクーパース)を背景とする戦略的なコンサルを身上としていました。

 しかし、日本型護送船団方式のまえには結局無力だった。

 でも当時のメンバーは、松島さんが亡くなった以外、いまも大半は健在なのです。残念ながら「主流派」からは外されているかもしれませんが。

 人はおり、シーズも確かに存在している。決して日本に悲観するばかりではないのです。

 率直に、東大は相当体質改善した方が良いと思います。しかし、日本にだっていろいろな大学、研究機関。有望な企業研究所もベンチャーも存在します。

 そんななかで東北大学は、まさに日本の未来の希望の光なのです。現役の東京大学教授として、これを声を大にしてお伝えしたいと思います。

 東北大学は日本の未来の希望の光です。

 残念ながら東大は、学内でよろしく「調整」の社風が災いするのか、エッジを切った学術政策をおよそ切り出すことができていません。

 父祖の代から東大出身の一東大教官として、これは心から憂うるところです。日本は「失敗国家化」しつつあると現状認識する必要がある。

 いま、ダメになりかかっている、余命宣告のレベルにあることを、まず自覚しなければならない。そして、適切な治療法を選択、実行するべき時期がついにやって来たと覚悟すべきでしょう。

 この「がん」的な状況から抜け出す道はただ一つ。

 10年かかると思いますが、新しい人材の育成から始めて、腐り切ったここ30年の悪循環と決別し、新たな基幹競争力、コアコンピタンスを確立することです。

 ここには記しませんが、私自身も物理出身の官学教官として、こうした半導体プロセシングなどの案件にも、微力ながら役立つように努めています。

「未来」を取り戻すために必要なのは、本当の意味での「競争力」の再獲得、目先だけのイメージやら人気取りやら、振袖やら学歴詐称やらでは通用しません。

 頓服薬的な対処は当然講じられねば、死に体になってしまいますが、中長期的には真の成長、国民全体を含む日本の活力を賦活しなければなりません。

 特に若い世代は、ユーチューブで広告費が儲かればいいなどという亡国の極北ではなく、本当に歴史を切り開くモノを作り、展開していく構想立案、実行完遂が可能な人材を育てなければなりません。

「タフな次世代育成」が、国の未来を決する核心といえるでしょう。