ゼレンスキー大統領は本当にザルジニー司令官を解任するのか(写真は2月4日、最前線を訪れたゼレンスキー大統領=中央、ウクライナ大統領府のサイトより)

 1月29日、ヴォロディミル・ゼレンスキー大統領がヴァレリー・ザルジニー総司令官を近々解任するのではないかという報道がなされた。

 ワシントン・ポスト紙によると、ゼレンスキー大統領はザルジニー大将解任の決定をホワイトハウスに伝えたという。

 この解任報道はウクライナにとってもそれを支える民主主義陣営にとっても最悪のタイミングであった。

ザルジニー大将解任の噂

 ザルジニー大将とゼレンスキー大統領の不和は過去においても何度か報道されてきた。

 特に、2023年6月に始まったウクライナ軍の反転攻勢の頓挫により、11月になってからその不和が目立っていた。

 ザルジニー大将は、多くの魅力を持った大将だ。

 国軍の総司令官として大部隊を統率する能力、戦略や作戦に関する知識と見識、大きな器を感じさせる人間的魅力、科学技術の進歩を作戦のブレークスルーに取り入れようとする柔軟性、豊富な国際的人脈などだ。

 このような多彩な能力を持った将軍は稀である。

 ゼレンスキー大統領が優秀なザルジニー大将を政治的なライバルとして意識し、脅威と感じたことは容易に想像できる。

 ウクライナ内外のメディアによるザルジニー大将解任報道は、彼を敬愛する市民や兵士の反発を招いている。

 後任がまだ決まっていない状況下で、ザルジニー大将に解任を通告したことは、ウクライナの将来にとって決して望ましいことではない。

 誰が新しい総司令官になったとしてもザルジニー大将以上に良い結果をもたらすことができるか疑問である。

 ザルジニー大将の後任となる有力候補は、ウクライナ軍情報総局長であるキリロ・ブダノフ中将(38歳)と、ウクライナ地上軍総司令官であるオレクサンドル・シルスキー大将(58歳)だと考えられている。

 ブダノフ中将は特殊作戦の分野でその優秀さを証明した将軍だが、ウクライナ軍という大きな組織を任せられるだけの管理能力があるのかが問われる。

 またシルスキー大将は経験豊富な指揮官だが、「旧態依然とした」考え方の持ち主ではないかという評判がある。いずれにしても両者は総司令官への就任を固辞していると伝えられている。

 ロシア・ウクライナ戦争は膠着状態に陥っているが、その明確な転換日は、ウラジーミル・プーチン大統領の誕生日である10月7日だった。

 10月7日に発生した一番大きな事件は、イスラエル・ハマス戦争である。

 イスラム主義組織ハマスによるイスラエルに対する奇襲攻撃で始まったこの戦争のために、ロシア・ウクライナ戦争に対する関心が薄れてしまった。

 その最大の悪影響は米国議会に表れた。

 米国のウクライナ支援予算が共和党の反対のために議会通過のめどが立たなくなってしまったのだ。

 米国のウクライナへの兵器・弾薬の供与は2023年末を最後に行われていない。米国の支援なくしてウクライナの勝利は望めないことは冷厳たる事実で、ウクライナは危機的状況にある。

 ロシア・ウクライナ戦争の戦況は膠着状態に陥り、米国からの兵器や弾薬の提供が中断し、ウクライナ軍は深刻な砲弾不足に陥っている。

 総司令官の解任問題は、様々な問題を惹起させる可能性がある。

 ザルジニー大将の軍内部での人気、ウクライナ国民の間での人気を考えると、総司令官の解任はゼレンスキー大統領政権にとって大きなリスクとなる。

 すでに戦場では指揮官たちの間に反発の兆しがある。

 ウクライナにおける政治と軍事のトップ同士の不和に、ロシアのプーチン大統領はにんまりしているであろう。

 以上のようにウクライナにとって最悪のタイミングでザルジニー大将の解任の噂が流れた。

 筆者にとっては、両者の不和のゴシップ的な内容に興味はないが、ザルジニー大将がこの戦争にいかに勝利しようとしているのかに興味がある。

 本稿いおいては、ザルジニー大将がゼレンスキー大統領との対立の危機を冒してまで公表した2つの文書を分析することにより、ザルジニー大将が何を目指しているのかを明らかにしたいと思う。