(歴史ライター:西股 総生)
ズームレンズは、たしかに便利だが…
歴史好きな読者の中には、城などの史跡を歩くときに、ミラーレスや一眼レフなどのカメラで写真を撮る方も少なくない。そうした方のほとんどは、ズームレンズを常用しているにちがいない。
画角(撮影できる範囲)を連続的に変えられるズームレンズは、たしかに便利だ。それに、現行のほとんどのズームは充分に画質がよいから、城や史跡をふつうに撮るには充分だし、機動力もある。
一般の人が、寺社や史跡を撮る場合にもっとも使いやすいのは、35mm(画角62度)くらいの広角だし、城なら28mm(74度)か24mm(84度)を使う場面も多いだろう。望遠で遠くから天守や櫓を狙うのもよい。ズームなら、24~100mmとか28~200mmといったレンズを1本付けていれば、ほとんどの場面で不自由しない。
なお、広角レンズは広い範囲を写し込めるレンズと思われているが、実はもう一つ大きな特徴があることを覚えておこう。遠近感が強く描写される、つまり近くの物は人間の視覚より大きく、遠くの物は小さく写るわけだ。逆に望遠レンズは、遠くの物を大きく写すだけでなく、遠近感が圧縮されて写るという特性を持っている。
一方、ズームレンズと違って画角が固定されているレンズを、単焦点レンズという。最近になってカメラを始めた人や若い人にとっては、ズームレンズの方が当たり前で、画角を変えられないレンズがあることの方がむしろ不思議かもしれない。
だいいち、画角が変えられない単焦点レンズは、いろいろな被写体を撮ってゆく上で融通が利かない。でも、単焦点レンズには、ズームレンズの上を行く「ヌケのよい」高画質が得られるというメリットがある。
そうした単焦点レンズのうち、50mm前後の焦点距離(35mm判換算)を持つ、広角でもなく望遠でもないタイプが「標準レンズ」だ。50mm標準レンズは、人がごく自然に物を眺めたときの感覚に近い、ナチュラルな描写が持ち味である。
50mm標準レンズの46度という画角は、城のような壮大な構築物を撮るには少々不足気味なことが多い。望遠レンズでぐっと引きつけたような、迫力のある作画もできない。しかも、描写がナチュラルということは、裏を返せば平凡な写真になりがち、ということでもある。
ただ、50mm標準レンズは設計がこなれているために、大口径・高画質な割にコンパクトで価格がリーズナブル、というメリットも持っている。要は、それらのメリットを、城を撮るときにどう活かせるか。
今回、筆者が使ったのは、AFニッコール50mm f1.4というレンズだ。基本設計がフィルム時代なので、最新のデジタルレンズに比べると、描写に少々甘さがある。とくに、絞り開けたときはピントが甘くなるし、四隅も落ちる(画面の四隅で光量が不足し解像度も悪い)。
被写体に選んだのは、江戸城だ。都心にある城で気軽に撮りに行ける、ということもあるが、50mm1本で撮るなら、あえて日本最大最強の名城にチャレンジしよう、というわけである。では、50mm標準レンズで、江戸城をどう撮れるのだろうか。
写真6は、お濠ばたから巽櫓と桔梗門を望んだ「お約束」の構図。50mmらしいナチュラルな描写で、収まりがよいといえばよいけれど、平凡な構図でインパクトに欠ける。
写真7は、吹上の土塁と鉢巻石垣を半蔵濠ごしに望んだショット。人間の視角に近いという50mmの特徴を活かして、江戸城の雄大さを無理なく写し取ってみた。ただ、やはり絵的に平凡でインパクトに欠ける感は否めない。
やはり50mm標準レンズでは、面白みのある城の写真は撮れないのだろうか…。(つづく)