(文:高橋タイマノフ尚子)
世界中で何十億人ものユーザーがいるSNSの投稿を分析することは、いまや公共政策や学術研究、ビジネスといった各分野において必須スキルのひとつとなっている。国連での紛争研究にSNS分析を導入した日本人職員が、その有用性と具体的な手法について、課題や弱点も含めて解説する。
2023年はSNS分析業界にとって激震の年であった。年初にTwitter社(現X社だが、本稿ではわかりやすさを優先し、引き続きTwitterおよびツイートという語を使用する)が、研究目的でのTwitterデータへの無料アクセスを廃止したのである。筆者はSNS分析の黎明期に学術や公共目的のSNS分析の重要性を国連内で喚起し、その手法の普及などをものすごく頑張った自負があるので、この努力が花開いたら定年退職後に自慢するつもりでいたのだが、それが黎明から日の出を待たずに日没した感があった。
ところで、この「SNS分析」というちょっと胡散臭い言葉が人口に膾炙して久しい。お陰様で私も自己紹介で「初めまして、私が国連の紛争分析にSNS分析を導入した日本人です」などと謳っている。しかし、このような雑な、中身の薄い自己紹介は警戒されるべきである。
そもそも「SNS分析」とやらは何なのか。なんなら、「『SNS分析』って分析対象の話であって、分析方法については一切言及していないですよね。実際何してるんですか?」くらい問い詰めても良い。でもみなさんお優しいせいか、誰も私が適当なことを言っていないかチェックしてくれないので、この場を借りて自分で質問して自分で答弁したいと思う。
国連にとってSNS上のデータは非常に有用
さすがに「国際政治とSNSってなんか関係あるんですか?」と訊く方は少なくなった。2023年の国連の報告によると、世界のSNSユーザーは30億人を数え、プラットフォームによっては1億人ユーザーをわずか9ヶ月で獲得するなど未だ成長の止まらない産業である。社会運動から選挙、戦争まで、SNSはこれまで幾度となく政治的、社会的な事件に影響を与えてきた。
とりわけ、伝統的なメディアでは伝えきれなかった、もしくはなかったことになっていた事件や人々について知るためには、SNSは重要な情報ソースとなった。確かにSNS上では不確かな情報や悪い噂、ヘイトスピーチなどは蔓延しがちだが、裏を返せば、これらを見つけ、データ化し、分析するのにSNSはとても役立つ。
実際に国連でも2022年には国連開発計画イラク事務所がSNS分析を通じてイラク人の将来感を調査したり、2021年にはレバノン特別調整官事務所(UNSCOL)が伝統的メディアとソーシャルメディアの両方を対象にヘイトスピーチの論調について調査した実績がある。ヘイトスピーチを防ぐ活動にも積極的に取り組みつつ、そのヘイト(憎しみ)の背景にはどのような不満が存在するのか分析する上で、国連にとってもSNS上のデータは非常に有用なのである。
もちろん、有用でない情報もSNSには多い。例えば、「前髪切りたい」とか「今日も推しが尊い」などの投稿は特定の事件事故とは無関係であり、これらは一般的に「ノイズ」と呼ばれる。SNS分析ではいかにこういった「ノイズ」を取り除いていくかが分析の成否を分ける。
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