「国内エリート」に安住せず「異郷」で揉まれた人たち
私は、この状況は日本人メジャーリーガーと似ていると思う。2023年は多くの日本人がメジャーリーグ(MLB)で活躍した。その筆頭が大谷翔平だ。大谷は花巻東高校(私立、岩手)出身。高校時代の評価は同学年の藤浪晋太郎(大阪桐蔭高校、私立、大阪)の方が遙かに高かった。その後の逆転はいうまでもないだろう。大谷が独自の価値観をもち、試行錯誤を繰り返してきたことは有名だ。
MLBで活躍した選手には、黒田博樹や上原浩治のように高校時代は控え選手だった者もいる。上原は、浪人を経て、大阪体育大学に進学したが、同大学は野球の名門ではない。黒田が進学した専修大学も、当時、東都大学野球リーグの2部だ。いずれも、日本プロ野球(NPB)は勿論、大学野球界でも、特に注目を集める存在ではなかったのだろう。
一方、高校野球の名門であるPL学園(私立、大阪)、横浜高校(私立、神奈川)、大阪桐蔭高校を卒業した選手は、NPBの大活躍ぶりと比較して、MLBでの活躍はいまいちだ。現在まで、66人の日本人メジャーリーガーのうち9人は、前出の3校の出身だが、大活躍した人はいない。このあたり、以前、紹介したことがある。
なぜ、こうなるのか。MLBで活躍し続けるためには、変わり続けなければならず、そのためには、自分で考えるしかないが、NPBで活躍することを念頭においた選手育成システムが確立している超名門校では、このような訓練が十分にできていないためではなかろうか。身体能力が優れた選手を集めて、特別に訓練し、さらにノウハウも蓄積されている集団は、普通にやれば、苦労せず勝利することができる。これこそ伝統だ。ただ、この状況に慣れてしまえば、その上の段階では通用しない。
私は、全く同じ事が、東大、特に最難関の理科3類にも言えると考えている。では、どうすればいいのか。このあたりもMLBを題材に、以前、述べた。研究も同じだ。若者を成長させるには「旅」をさせることだ。東大卒でノーベル賞を受賞した研究者は、小柴を除き、「異郷」で揉まれた人たちばかりだ。
我が国の研究力の低下が叫ばれて久しい。英『ネイチャー』誌は、2023年10月25日、「日本の研究力はもはや世界レベルではない」という記事を掲載した。大学や研究者は研究予算の増額を求め、政府は限りある財源を有効に活用するため、選択と集中を加速させている。文科省は東北大学を「国際卓越研究大学」の認定候補に選定し、巨額の予算を措置するつもりだ。おそらく、こんなことをしても、効果は限定的だろう。明治以来、巨額の予算を措置されつづけた理3の現状が、そのことを示している。
研究力の向上とは、畢竟、自分の頭で考え、行動する研究者を養成することだ。どうすれば、自分の頭で考える人材が育つのか、歴史に基づいたもっと合理的な議論が必要である。 (敬称略)
上昌広
(かみまさひろ) 特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。 1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。
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