動物の引く荷車に乗ってガザ北部から南部へ避難するパレスチナの人々(11月12日、写真:ロイター/アフロ)

 2023年10月7日のイスラム主義組織ハマスによるイスラエルへの奇襲攻撃を巡り、イスラエルの情報機関の失態だったとの指摘が出ている。

 特に、インターネット傍受などのハイテク頼りがあだとなったという指摘もある。

 なぜ、ハマスの奇襲攻撃を未然に防止できなかったことが情報機関の責任になるのか。

 それは、情報機関の根本的な使命が、戦略的奇襲の発生を阻止することであるからである。

 ここで一つ重要な点を指摘したい。

 いったん情報が政策決定者に届けられると、情報プロセスは完了したことになる。

 情報を受け取った政策決定者が、受け取った情報や国内外情勢などを考慮して政策を決定する。

 つまり、政策決定者の判断ミスもあり得るのである。

 第2次大戦末期、日本の政府指導者はヤルタ会談においてソ連が対日参戦することが決定された事実を、それを示唆する重大情報が在外武官から送られていたにもかかわらず、そのソ連に和平の仲介を執拗に工作したという事例もある。

「人は見たいものしか見ない」という言葉がある。

 これは心理学用語の「確証バイアス」というもので、自分の思い込みや願望を強化する情報ばかりに目が行き、そうではない情報は軽視してしまう傾向のことを指す。

 また、人は経験を積めば積むほど、思い込みに囚われやすくなるという。経験豊富な政策決定者が思い込みに囚われないことを願うばかりである。

 それはさておき、本当に情報機関の失態であったのであろうか。

 かつて、1941年12月8日(日本時間)、旧日本軍はハワイにある米太平洋艦隊の拠点を突如空襲した。

 日本の外交電報(交渉打ち切り通告)が攻撃開始時刻に間に合わなかったことから、「だまし討ち」と喧伝され、かえって米国の世論を一つにまとめる結果となってしまった。

 しかし、当時の日本外務省の暗号は米国政府によって解読されていたことはよく知られている。筆者も暗号が解読されていたことは間違いないと思っている。

 したがって米国は日本の戦争意図を確実に承知していた。

 筆者の憶測であるが、日本外務省の暗号の解読により、フランクリン・ルーズベルト大統領は、日本が真珠湾に奇襲攻撃をかけることを承知していた。

 日本が真珠湾に奇襲攻撃をかけることを承知したルーズベルト大統領の対応については、2つの可能性が考えられる。

 1つ目は、まさか、日本軍がこれほどの大部隊で奇襲をかけ、大被害が発生するとはと思わなかった。そのため警報を発令しなかった。

 2つ目は、ドイツに追い詰められていた英国を助けるためにも、参戦したいと考えていたルーズベルト大統領は、その事実を公表せず、奇襲攻撃という形にして「真珠湾を忘れるな!」というスローガンのもと、国民の戦意を高揚しようとした。

 すなわち、ルーズベルト大統領は味方を欺き、見殺しにしたのである。

 筆者は2つ目の可能性が真実に近いと思うが、しかし、いずれにしても真相はこれからも明らかになることはないであろう。

 さて、本稿では、世界有数の対外情報機関モサドを保持するイスラエルが、なぜハマスの奇襲攻撃を未然に防げなかったのかという疑問について筆者の私見を述べてみたい。

 以下、初めになぜイスラエルはハマスの奇襲攻撃を未然に防止できなかったのかについて述べる。次に、サイバー空間の諜報活動について述べる。最後に、ヒューミント(注1)の重要性について述べる。

(注1)ヒューミント(HUMINT:human intelligence)とは、人間を媒介とした諜報のことで、捕虜の尋問等も含むが、本稿ではスパイ活動に焦点を当てている。