2023年の箱根駅伝で2年ぶり8度目の総合優勝を果たし、胴上げされる駒大の大八木弘明監督(写真:時事通信フォト)

 10月14日、正月恒例「箱根駅伝」の出場権をかけた予選会が行われる。記念すべき100回目となる本大会の優勝候補の筆頭は連覇を狙う駒澤大学だが、ここまで駒澤を強いチームに育て上げたのが、2022年度の大学3大駅伝(出雲、全日本、箱根)で3冠を達成して勇退した大八木弘明監督(現総監督)である。かつては“鬼監督”として知られた大八木氏の変貌ぶりが一時低迷するチームを再び蘇らせた、との評価がもっぱらだが、いったい大学駅伝の「名将」にどんな心境の変化があったのか──。

(*)本稿は『箱根駅伝に魅せられて』(生島淳著/角川新書)の一部を抜粋・再編集したものです。

大八木監督が選手の「丸刈り」を廃止した理由

 駒澤大学の大八木弘明監督に初めて一対一でインタビューしたのは2008年のことだった。私は『駅伝がマラソンをダメにした』(光文社新書)という本を上梓していたこともあり、大八木監督に会うことにやや気後れを感じていた。なにか、問題点を指摘されるのではないか、と。ところが、大八木監督はおおらかだった。

「生島さんさ、ウチはマラソンやってるから。藤田敦史は学生の時から挑戦しているし、これからもマラソンに適した人材が出てくれば、準備はします」

 大八木監督は建設的な批評として捉えてくれていたようでホッとした。監督の度量の大きさを感じた瞬間でもあった。

 2008年は総合で六度目の優勝を果たした年であり、00年からの9年間に六度も優勝していたのだから、00年代はまさに駒澤の時代だった。

駒澤大学の大八木弘明総監督(写真:共同通信社)

 ところが、この年を境にして駒大は苦戦を強いられる。七度目の優勝は2021年まで待たなければならなかった。

 2010年代は苦戦を強いられたが、大八木監督、そして駒大が変わったなと感じたのは、東京オリンピックが近くなってきた頃だっただろうか。

 駒大の選手と、他大学の選手との対談をまとめていた時に、「丸刈り」や部のルールについて選手から言及があったので、それを発言として生かして原稿をまとめた。

 次に大八木監督に会った時に、「生島さん、ウチは丸刈りやめるから、そのことは書かないでね」と言われた。あ、そうなんですね、と答えると、大八木監督はこんな話をしてくれた。駒大への進学を考えていたAという選手がいた。彼のお母さんは駒大のファンで、息子が進学することを熱望していた。ところが、選手本人が最終的には他の大学に決めてしまった。

「競技以外の部内のルールとか、そうしたことを考えたのかもしれないね。詳しいことは分からないけどさ」

 大八木監督によれば、丸刈りにも大切な意味があった。

「高校から大学に進むにあたって、すべてをまっさらにして入ってきて欲しいということなんです。新しい環境に馴染む。陸上競技に真摯に取り組む。丸刈りにするというのは、身だしなみ、そして気持ちを整える手段だったんだけどね」