安倍晋三元首相が非業の死を遂げてから1年が経った。安倍の不在は、自民党内に権力の空白を生み出し、100人を擁する最大派閥・安倍派(清和政策研究会)の混迷のみならず、与野党、メディア、世論にも今なお大きな影響を与えている。安倍政治は何を残し、今の政治にどう影響しているのか。(敬称略)
徹底した野党分断
安倍が長期政権を維持できた理由はいくつも挙げられる。それについては、政策、政局の両面において、すでに多くの側近や官邸スタッフ、ジャーナリストや政治記者が分析しているので割愛する。改めて注目したいのは、安倍が臨んだ国政選挙すべてで、野党が激しく分断、分裂を繰り返してきた点だ。
安倍は2012年の衆院選、13年の参院選、14年の衆院選、16年の参院選、17年の衆院選、19年の参院選の計6度の国政選挙で勝利した。衆院選については、タイミングの妙、参院選に関しても党勢拡大等さまざまな要因があるが、野党がまとまらなかったことが最もプラスに働いている。小選挙区制が導入された1996年以降、野党は幾度となく、結集を図ってきたが、第2次安倍政権以降の野党の分断ぶりは際立っている。
安倍の6連勝に寄与したのは、日本維新の会の伸長である。維新の地盤である大阪の自民党を捨ててもいいぐらいのつもりで、維新との蜜月を維持した。維新の目を安倍に向けさせることで、立憲民主党をはじめとする民主党系の野党は維新を攻撃する。維新と民主党系がまとまらなければ自公政権を倒すことができない。だから、野党をとにかく分断させる――。これが、安倍の持論である。