大分の中学時代はけんかで無敵
その時に筆者は独占取材を行ったが、一番勢いのある時だっただけに、話も小気味いいものだった。初優勝がかかっていた若乃花との決定戦も、よく周りが見えていたという。
「物言いが(結果が出るまで)長かったから、これは確認じゃないな、取り直しもあると思っていた。冷静だったよ。土俵下に落ちた時、女性に当たったけど、その人に悪いなと思いながら物言いを見ていたんだから(笑)」
場所後の取材攻勢は思った以上だった。
「大関昇進後の取材は、ドッとあって大変だった。それに『入門のきっかけは何ですか』なんて、何度も同じことを聞かれてもう疲れたよ」
大分の中学時代はけんかで無敵を誇った。相撲界に入った新弟子時代に、強い人が多くて驚かなかったか、聞いてみた。
「思ったよ。でも、それはスポーツとしての相撲が強いと思っただけ。だって相手はオレが相撲界に入る何年の前から相撲を取っているんでしょう。負けて当たり前、けんかなら誰にも負けない自信があった(笑)。確かに『一丁やってやるか、オモテへ出ろ』みたいな時もあったけどね(笑)。まあ、そうやってオレを殺気立たせてくれたおかげで、絶対に番付で追い越してやろうと思ったもん」
入門当初から強気の姿勢は一貫していたようだ。