あと2カ月足らずで任期切れを迎える黒田東彦・日本銀行総裁(写真:REX/アフロ)

4月8日に任期満了となる黒田東彦・日本銀行総裁の後任として、植田和男氏(経済学者、元日銀審議委員)の起用が報じられた。足元では消費者物価の上昇率が4%台に達するなど、黒田執行部が目標としてきた2%を超えているが、逆に異次元緩和によるインフレ懸念や債券市場のゆがみといった側面も強く意識されるようになった。本来、我々は金融政策という手段にどこまで期待すべきだったのか。日銀で要職を歴任し、現在は日本証券アナリスト協会の専務理事を務める神津多可思氏の論考をお届けする(JBpress編集部)

【筆者の関連記事】
頂上が近づいてきたインフレの上り坂、その向こう側には何が待っているのか
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73158
「利上げ」なのか「利上がり」なのか、構造変化なら日銀は再び変動幅拡大へ
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73513

(神津 多可思:日本証券アナリスト協会専務理事)

1つの政策目標には1つの政策手段が必要だが・・・

 日本銀行の正副総裁が変わる時期ということもあってか、過去10年間の金融政策を振り返る評論がたくさん出ている。

 いまさらながらだが、できないことを金融政策に期待したのではないかという見方もある。一方、財政政策についても、本当に生産性の改善に資するような支出内容となっているのかという問題提起がある。

 そもそも理屈の世界では、金融政策、財政政策に何を期待することができるのか。そして、その理屈は実践の世界ではどう活かせば良いのだろうか。

 ティンバーゲンという20世紀のオランダの経済学者がいる。第1回のノーベル経済学賞を受賞した人だ。彼の名を冠した「ティンバーゲンの定理」というのがあるが、これは、独立した政策目標を達成するためには、同じ数だけ独立した政策手段が必要というものだ。

 例えば、消費者物価でみたインフレ率を安定させるというのは、1つの独立した政策目標だ。そして、伝統的な金融政策である短期金利の操作は、1つの独立した政策手段だ。

 この2つを対応させると、金融政策はインフレ率の安定以外の政策目標の達成に割り当てることができないというのがティンバーゲンの定理の言っていることである。