湧き立つ蒸気を背景に馬たちが草をはむ熊本県小国町の風景(写真:「町おこしエネルギー」提供、以下同)

 30歳手前の夏目漱石は、英語教師として勤めた第五高等学校(現・熊本大学)の校友会雑誌に記した論文『人生』でこう表現している。

 十人に十人の生活あり、百人に百人の生活あり、千百万人またおのおの千百万人の生涯を有す

 人生がいかに千差万別とはいえ、還暦を超えてから、日本のエネルギー事情の変革に向けて立ち上がるというのは極めてレアなケースだろう。食品チェーン、「業務スーパー」で知られる「神戸物産」の創業者・沼田昭二氏がその人だ。2016年に地熱発電を手掛ける「町おこしエネルギー」を創業し、今は熊本県小国町での発電所建設と山村の活性化に尽力している。

 なぜ「業務スーパー」創業者が地熱と町おこしなのか。現地法人「小国町おこしエネルギー」の代表を務め、沼田氏の懐刀として動く岡本道暁氏に尋ねた。(河合達郎:フリーライター)

過去に例のない開発期間

 1000メートル級の地下から沸き上がる真っ白な蒸気をバックに、広大な原っぱでおよそ100頭の馬たちが草をはむ。町おこしエネルギーが地熱発電所の建設を進める熊本県小国町で見られるようになった風景だ。

 発電所は2023年末に完成、2024年春に商用運転開始を予定している。現在は2本目の井戸の掘削が終わり、9月20日、その噴気試験があった。

「試験には沼田も立ち会い、十分な蒸気量が確認できました。一番心配していたところでしたが、これで間違いなく、計画通り5メガワットの発電所ができるという状況です」

 地熱発電事業の責任者を担う岡本氏にとって、今後の建設に向けて自信を深める結果となった。

 同社が地下の開発を始めたのは2019年冬。馬がのんびりと歩く大草原の地下に潜り込むように井戸を掘り込み、約3年で開発を終えた。さらに1年半をかけ、発電機やタービン、冷却塔といった地上部分の建設を進めていく。

 岡本氏によれば、5メガワット級の地熱発電所の開発はこれまで15~20年かかるのが一般的だった。5年未満という開発期間は過去に例を見ない速さなのだという。

 緑地に白抜き文字が目を引く業務スーパーの看板は、今や全国各地で目にするようになった。その創業者である沼田氏がなぜ、地熱開発を手掛けているのか。