進めるのか、やめるのか。政府の原発に対する基本的スタンスが、どこか腑に落ちないという人も多いのではないか。岸田首相が、一方で次世代原発の新設に向けた検討を急ぐ方針を表明し、もう一方では「可能な限り原発依存度を低減するという方針、これは変わりません」とも主張しているからだ。
専門家の目に、この現状はどう映るのか。キヤノングローバル戦略研究所の研究主幹で、「次世代原子力ビジョン研究会」の事務局を務める芳川恒志氏に話を聞いた。(聞き手:河合達郎、フリーライター)
──次世代革新炉の開発に向けた検討を加速せよという岸田首相の表明は、原子力政策の大きな方針転換だと報じられました。芳川さんはどう見ましたか。
芳川恒志氏(以下、芳川):原子力政策の方向性は理解しますが、政府の進め方には若干違和感があります。長期的には原子力依存度を下げると言っているのに、一方で原発新設を検討すると言い始めたわけですから。世の中の人たちから見て、すごく唐突じゃないかと、やめるのか進めるのか一体どっちなんだと感じるのはすごく自然な反応だと思います。
大きな方針転換には間違いありませんが、実はこの間、政府は少しずつ言い方を変えてきたように見えます。東日本大震災以降の政府方針から振り返ってみましょう。
原子力がグリーン成長戦略の「重要分野」に
芳川:民主党に取って代わった自民党政権下で、政府は「原発再稼働は進めるけれども、原子力依存度はできる限り低減していく」という基本方針を貫いてきました。この方針は繰り返し表明され、この下でエネルギー基本計画が第4次、第5次、第6次と改定されてきたわけです。
2021年10月に策定された第6次エネルギー基本計画では、2030年の電源構成見通しで、原子力の比率を20~22%と設定しています。これは、今ある既存の原発と、止まっている原発の再稼働を進めて達成を目指すという数字です。それ以上、再稼働を超えたところの新増設についてはコメントしてこなかった。
何も言っていないんだけれども、長期的に原子力への依存を低減させていくという基本方針から推察すると、新増設についてはネガティブだと受け止めるのが合理的な解釈だったと思うんですね。つまり、現在停止中の原発を再稼働するところまではやるけれど、それ以降は結構難しいんだなと。
それがここにきて、原子力に対する風向きが変わるような出来事が相次ぎました。世界がカーボンニュートラル、脱炭素に向けて動き出してきたということ。これを受けて、菅政権下でカーボンニュートラル宣言をし、原子力も確かに脱炭素電源ですねということで見直され始めてきたということ。
と同時に、いろんな理由から化石燃料の値段が上がり、ロシアのウクライナ侵攻でますます上がったということ。天然ガスも原油も大幅高となり、国内の電力供給が非常に厳しいという現状が改めて浮き彫りになったということ。
こうした動きを背景に、政府の原子力に対する姿勢に変化が見え始めます。
菅首相による2050年カーボンニュートラル宣言から2カ月後の2020年12月、経済産業省がグリーン成長戦略を発表しました。この中で、カーボンニュートラルに向けた14の重要分野のうちの一つに原子力を掲げたのです。
今年6月に閣議決定された「骨太の方針」では、原子力を明示して「最大限活用する」と表現されました。さらに今夏、経産省に設けられたワーキンググループで革新炉開発のロードマップがまとめられました。この流れを受け、今回の岸田首相発言につながっていると理解しています。
──次世代革新炉の開発検討という今回の方針転換に向け、着々と歩を進めてきていたということですね。