(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)
ウクライナ戦争をめぐって陰謀論が世界中で流行している。「ユダヤ金融資本がウクライナ政府を乗っ取った」とか「ゼレンスキーはネオナチの傀儡だ」などといった荒唐無稽な話がネット上を飛び交い、意外に多くの人がそれを信じている。
そこで私もこれに便乗して「ウクライナ戦争はドイツのメルケル元首相がプーチンと共謀して起こした」という陰謀論を考えてみた。これは単なる仮説だが、以下に挙げる状況証拠はすべて事実である。
プーチンはメルケルとの約束を破るまで8年待った
プーチン大統領の「特殊軍事作戦」には疑問が多いが、まずわからないのは、なぜ2022年2月だったのか、ということだ。ロシアがクリミアを併合したのは2014年。そのあと一気呵成にウクライナ東部のドンバス地方を併合することは軍事的には容易だったが、プーチンはそれを留保した。
彼がウクライナとの国境に軍を集結させたのは、2021年12月にメルケル首相が退陣し、ドイツの原発が3基、停止した直後だった。ヨーロッパとロシアをつなぐ天然ガスのパイプライン「ノルドストリーム2」が完成し、運用開始のための審査が行われていた。
これにはロシアの国営ガス会社ガスプロムが半額出資し、あと半額を西側の企業が出資していたが、アメリカは運用開始に反対し、ドイツの審査が難航していた。その最中にロシア軍を国境に約20万人も集結させたのは、ドイツに圧力をかけるためだったと思われる。
1月7日の当コラム(「カーボンニュートラルで『大停電時代』がやって来る」)でも指摘したように、原発があと3基しか残らず、それも2022年末でゼロになるドイツは、1次エネルギーの25%を天然ガスのパイプラインに頼っており、それが遮断されると経済が破綻する。
2011年に開通したノルドストリームの生みの親はメルケルである。プーチンはドイツ政府に「ノルドストリーム2を開通させないとパイプラインを戦争で遮断するぞ」と脅迫したのだ。
ドイツがノルドストリーム2の審査を停止したのは2月22日、ロシア軍がウクライナとの国境を越えたのは、その2日後の24日である。脅迫が失敗に終わったことを確認して、プーチンは戦争に踏み切った。プーチンはメルケルとの約束を破るのに8年待ったのだ。