私たちが日々こなす仕事のうち、本当に価値を生み出しているものはどれほどあるだろうか。作成したところで誰も読むことのない書類や、本心では「どうでもいい」と思っている作業に大きな労力をかけざるを得なくなった経験は誰にでもあるだろう。あるいは、あなたの職業そのものが「ブルシット・ジョブ」、つまり「クソどうでもいい仕事」である可能性すらある。
「ブルシット・ジョブ」が増え続ける一方で、社会的に価値あるエッセンシャル・ワークが厳しい環境に置かれるのはなぜなのか。『ブルシット・ジョブの謎 クソどうでもいい仕事はなぜ増えるか』を上梓した、大阪公立大学教授の酒井隆史氏に話を聞いた。(聞き手:倉根悠紀 シード・プランニング研究員)
※記事の最後に酒井隆史氏の動画インタビューが掲載されていますので、是非ご覧ください。
──本書は『ブルシット・ジョブ―クソどうでもいい仕事の理論』(デヴィッド・グレーバー著、酒井隆史ほか訳、岩波書店)を翻訳された酒井先生による、その内容についての解説や補足を主たる内容としています。「クソどうでもいい」とする「ブルシット・ジョブ」とはどのような仕事を指すのでしょうか。また、本書を出版されようと思った経緯を教えてください。
酒井隆史氏(以下、酒井):ブルシット・ジョブとは「完璧に無意味で、不必要で、有害でさえある有償の雇用形態」の仕事です。グレーバーのもとには、世界中の当事者からその情報が集まりました。彼は膨大な件数の証言を、取り巻き型、脅し屋型、尻ぬぐい型、書類穴埋め人型、タスクマスター型の5つに分類して紹介しています。高級マンションのドアマン、受付嬢、企業弁護士、お役所仕事、不要な上司などの実例が挙げられています。
『ブルシット・ジョブ』は部分的には明快でありながら、全体的に意味することが曖昧な側面があります。グレーバーの文体は、いくつか概念を立ててから現実の複雑な世界に分け入り、発見法的に展開することを持ち味としています。そのため、分かりやすい事例がたくさん出てくるのですが、一方で分かりにくくもある。翻訳者である私自身が情報を整理するためにも、『ブルシット・ジョブ』の手引きの本として執筆しました。
──ブルシット・ジョブの要点の一つは、単にどうでもよかったり有害だったりすることを「意味がある」と見せかける「演技や欺き」が強制される点にあるようです。なぜ演技することが働き手に強い苦痛を生むのでしょうか。
酒井: まず、ブルシット・ジョブを強いられる時点で、精神的にネガティブな負荷がかかります。刑務所の囚人労働の中でも最も苦痛な刑罰とは、岩を持ち上げてそれを下ろす、穴を掘ってそれを埋めるというような全く意味のない作業を反復させられることだそうです。
ある心理学者によると、自分が世界に対して何かしらの貢献を感じて働くことは、人間にとって生きている実感や喜びの自己肯定感を見出す重要なことであるとのことです。高収入や好条件の仕事であっても、無意味なことを強いられると苦痛を感じるのは、自分が世界で生きている実感の根源を棄損されるからです。
そのような苦痛を伴う無意味な作業をするのに、それ以上に無意味ではないかと思われる「演技や欺き」をも強いられているというのが、ブルジット・ジョブの一つのポイントです。