十二鬼月の特権であるホーリーネーム

 まず、「十二鬼月の名前は無惨が名づけています」と、公式ファンブックの大正コソコソ噂話が明記したように、上弦・下弦の鬼たちは原則、無惨本人が名付けている。なるほど、猗窩座(あかざ)や零余子(むかご)など、独特の発音に難解な漢字を飾るあたり、江戸時代や明治大正の人間にはあり得ない感覚の名付けである。ここに無惨オリジナルのセンスがあろう。

 公式ファンブックの説明から見て、無惨はごく一部のお気に入りを除き、一般の鬼たちにはこうした命名を与えることなく、十二鬼月に昇進する段階で初めてホーリーネームを与えたのだろう。例外となるのは、朱紗丸(すさまる)と矢琶羽(やはば)の2人だが、彼らは哀れにも無惨に騙され、自分たちを十二鬼月だと誤認させられた捨て駒であることに留意すべきだろう。やはりホーリーネームは十二鬼月だけの特権なのである。

珠世は人間の名前

 ちなみに鬼である「珠世」と「愈史郎」も少し異質な響きがあるが、2人はどちらもホーリーネームではなく、人間時代の名前をそのまま踏襲しているように思う。まず珠世は、戦国時代に無惨に同伴される身であったが、この時すでに「珠世」の名乗りを得ている(第187話)。

 その後、無惨が日の呼吸の剣士に斬られると、瞬時にして無惨の呪縛から解放された珠世は、行方をくらませて、独自に無惨への復讐を企てることになるのだが、その後も名前を変えることなく、「珠世」として数百年活動を続けている。

 もしその名が憎むべき無惨から与えられたものなら、改名して然るべきところである。だがそれをそのまま使い続けているところを見ると、珠世は生前から「珠世」だったと見ていいだろう。

 中世の女性の名前にわかりやすい法則性は見出されていないようだが(角田文衛『日本の女性名』教育社・1987)、戦国時代の各種文献に接している個人の体感では、この時代に近世的な「珠世」の名前があるのは、いささか時代錯誤感を覚える。

 しかし鬼滅の作品世界における重要人物はいずれも特殊な名付けがなされていること(余談ながら、日本の創作界において非現実的で意味深な人名が多用されるのは、江戸時代の曲亭馬琴が『燕石雑志』巻五之下冊「[十六]名詮自性( みょうせんじしょう)で独自のネーミング論を説いて以来の伝統である)、「珠世」なる名前の字面に、無惨が好みそうな禍々しさはまるでないことを鑑みるなら、「珠世」は人間時代から死ぬまで珠世であり続けたと考えるべきなのだろう。

 そして珠世が作った鬼の「愈史郎」も、珠世と同じく鬼ではない人間時代の名前を使い続けたと考えるのが自然である。