(植田統:弁護士、名古屋商科大学経営大学院教授)
日本にリーダーはいなくなったのだろうか。岸田首相の売りは「聞く力」だそうである。人の話を聞く、人の意見を取り入れるということが売りなのだと思うが、一国の首相がそれだけでいいのだろうか。
日本の会社の社長も同じで、取締役の意見を聞く、相談役の意見を聞くことを大切に考え、人の意見ばかり聞きすぎて、自分の意見や戦略がなくなっている。本来、組織の頂点に立つ人は、人の意見を聞いた上で、自分として正しいと思ったことを貫くことを求められているのではないのか。
リーダーは、所属する組織の投票で決められる。総理大臣は国会議員の投票、自民党総裁は自民党所属国会議員と自民党員の投票、会社の社長は取締役会の投票で、取締役会を構成する取締役は株主総会の投票で選ばれている。
投票、つまり、数の多い票を得た方が勝つというのが決め方で、一人の議員、党員、取締役が1票を持つという仕組みのため、自ずと人気投票になりやすい。株主総会は株主一人に1票ではなく、株式数に応じて投票数が与えられているが、これも株主間での人気投票と言ってよい。
その結果、どうなるかと言えば、候補者は人気を集めるために、できるだけ多くの人の意見を聞き、それを取り入れる。最大多数の最大幸福を図ろうとする。その裏側で、意見を取り上げられない少数派の利益は切り捨てられる。
多数派の意見が選挙後にひっくり返される理由
しかし、リーダーとなる人は自分に投票してくれそうな人の意見を寄せ集めしているだけだから、自分の掲げる公約、経営戦略が自分の意見にぴったりと一致しているわけではない。
そういうふにゃふにゃな状態だから、リーダーは自分が選出されると、前言を翻して、「これからは全員野球だ」「反対派の意見も取り入れる」などと言い始める。
こうして逆回転が始まる。巻き返し運動を展開する人の声が大きくなり、多数派だった人の中からも、「実は、自分は元々こう考えていたのだ」などと少数派に宗旨替えをする人が出てくる。
政治の世界では、少数派の声が実際にはかなり少数であっても、メディアが取り上げるので多数の意見のように聞こえる。会社の中なら、少数派が部門利益を盾に徹底抗戦を試みたり、守旧派の相談役が現社長の経営戦略に公然と異を唱えたりする事態が起こる。
こうして、リーダーは、腰砕けになる。自分自身の意見、戦略が固まっていなかったのだから当然だ。ちょっとした反対意見が出ると、日本国の改革はストップする。また、会社の改革も戦略の転換も進まなくなる。
つまり、民主主義の原理で多数派の意見が勝ったはずなのに、それが選挙後にひっくり返されるのである。これが、失われた30年に繰り返し起きてきたことだ。