関東遠征の際、近衛前久が居住した古河城(現在は史跡古河公方館)

 上杉謙信はもっとも人気のある戦国武将のひとりだ。義、戦略家、無双……そのイメージと実像は合っていたのか。もしかすると求められる「リーダー像」に苦しんだのかもしれない……。

 早稲田大学教授の入山章栄氏は、セールスフォース創業者のマーク・ベニオフを例に、リーダーは自分に正直であるべきか、否かについての最新理論を紹介する。

 歴史と経営、ビジネスそして生き方。

 何がどうつながり、生かされるのか。『世界標準の経営理論』などベストセラーを刊行し、経営学の理論をわかりやすく紹介する早稲田大学の入山教授と、一次史料から上杉謙信の実像に迫り大きな話題を呼んだ『謙信越山』の著者乃至政彦氏とともに「歴史から得る学び」を丁寧に分解する。

 第2回は、戦国時代のカリスマたちからリーダーシップを学ぶ(全4回)。

前回の記事はこちら
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57953

戦略よりも人間性、戦国時代の情報戦

入山章栄(以下、入山) 前回のお話の中で、戦国時代の武将は、それぞれ「あるべき世界」の理想が違うということでした。

 「天下」というものの考え方も違うのかなと理解しまして、謙信にとっての天下は「関東を抑えること」で、そのあとは大軍を率いて京都の(将軍家である)足利家をなんとかしよう、としたと感じます。これって日本統一とは違うニュアンスですよね。

乃至政彦(以下、乃至) そうですね。目標は中央政権である京都の幕府を助けること。そのためにはまず関東をなんとかし、その関東で力をつけ、統制した上で最後に中央政府を整え直すことができれば日本全体が良くなるのではないか、という考え方だったと思います。

乃至政彦(ないし・まさひこ)歴史家。1974年生まれ。著書に『謙信越山』(JBpressBOOKS)、『平将門と天慶の乱』『戦国の陣形』(講談社現代新書)、『天下分け目の関ヶ原の合戦はなかった』(河出書房新社)など。書籍監修や講演でも活動中

 「関東を抑えれば大丈夫だろう」というのは、いま考えると抽象的で楽観的な考え方です。解釈しづらい部分もありますが、逆に抽象的なぶん(世の中や部下にたいして)「伝える」ときにはわかりやすかったのではないかなと思います。

入山 すごく勉強になります。もうひとつ興味深かったのは、謙信はこれだけ強いのに、近衛前久にそそのかされて関東へと突っ込んでいってしまう一面も描かれています。

 「カリスマだって人間味がある」と解釈するのは簡単ですが、乃至先生はどうお考えですか。

入山章栄(いりやま・あきえ)慶應義塾大学大学院修了。三菱総合研究所に入社後、2008年に米ピッツバーグ大経営大学院にてPh.D.取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。13年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授、19年より同教授

乃至 人間味という見方ももちろんありますが、当時は情報の入手方法が限られていたことも大きかったと推察します。

 現代のように「戦う相手のデータ」は手に入らないので、人づての「耳情報」で判断するしかないわけです。その意思決定を現代から見ると、合理性に疑問符がつくと思います。

 戦争に勝つのも、関東を穏やかにするのも、本当にやってみないとわからないことだらけだったんです。

 人の伝手(つて)が勝負の分かれ目になるということは、戦略よりも人間性のほうが重要だった可能性があります。「みんなから信頼されているから、勝てるだろう」という評価が求心力や実行力を高めていく、といった具合です。

入山 いまの時代で考えると「なんでこんな豪快に無茶なことをやっているんだ」と思うけども、当時は情報がない中で戦っている。その中で「相対的な人間性」を基準に(この武将に付いていけば)勝てるんじゃないか、と意思決定をしていたんですね。

乃至 緻密な計算が成り立ちにくい時代の中で、自分に運が回るようにできることをやっている。人事を尽くして天命を待つ、みたいな側面が現代より強かったんだと思います。

入山 著書を読んで、お話を伺っていると乃至先生は人間としての謙信には肯定的なのかなと感じたんですが、どうお考えですか。

乃至 肯定的ですね。もともと肯定的に見ていた面もありますが、調べていくと改めて非常に魅力的な人物でした。

 現代にいたら「やばい人」なのかもしれないけれども(笑)、時代が必要としていた稀有な人物だったと思います。歴史上、英雄を求める時代に生まれることは不幸だと言われますが、不幸な時代にこういう人がいてよかったと思いますね。