2020年の米大統領選における影響工作
2020年の米大統領選挙に際しても、諸外国による大量のメール送信やSNSなどに偽情報を流すなどの情報工作がなされた。
●米国家情報会議(NIC)の報告書
米大統領の諮問機関である国家情報会議の報告書「2020米大統領選挙に対する外国の脅威」(National Intelligence Council, "Foreign Threats to the 2020 US Federal Elections")は、影響工作について以下のような結論を公表している。
・外国関係者が投票プロセスの技術的側面に関与し変更しようとした兆候はない。選挙プロセスを大規模に操作することは困難であった。
・ロシア政府組織が、ウラジーミル・プーチン大統領の承認に基づき、ジョー・バイデン候補と民主党を中傷し、トランプ前大統領を支持した。
ロシア政府とその代理人は、一貫した方法で米国民の認識に影響を与え、米国の選挙プロセスに対する国民の信頼を損ない、米国の社会的政治的分断を悪化させる作戦を行った。
バイデン氏に関する根拠のない主張や影響力のあるナラティブ (物語)を著名な米国の個人をターゲットに提供した。
2016年とは異なり、選挙インフラにアクセスしようとするロシアの大規模なサイバー攻撃は見られなかった。
・イランがトランプ氏の再選を妨げる多面的な影響工作を実施した。
・中国当局は、米大統領選挙の結果を変えようとする影響工作を検討したが実施しなかった。中国当局は、米国との関係の安定を求め、中国が干渉するリスクを冒すのが有利であるとは考えなかった。
対象を絞った経済対策とロビー活動などの伝統的な手段が、中国にとって好ましい米国の対中政策を形成すると評価した。
しかし、以上のNICの結論で、中国が2020年の米大統領選挙に積極的な影響工作を実施しなかったとする結論には異論がある。
例えば、米国の情報コミュニティを統括する米国家情報長官(当時)ジョーン・ラトクリフは、2020年12月3日付のウォール・ストリート・ジャーナルに投稿(John Ratcliff, "China Is National Security Threat No. 1", WSJ, December 3, 2020)し、中国の影響工作などの脅威について警告している。
ラトクリフ氏は、「中国当局は2020年、米国の数十人の議員と議会の補佐官を対象とする大規模な影響工作に従事したが、中国はロシアの6倍、イランの12倍の頻度で米国の国会議員を標的にしている。これらの脅威に対処するために、年間850億ドルのインテリジェンス予算内で、資源をシフトし中国に焦点を当てている」と記述している。
●中国統一戦線工作部などによる工作
米国の諜報機関と密接に連携している「オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)」の分析によると、2020年米大統領選挙における影響工作は、「米国社会の分断を深めるという中国当局の政治的目的のために、中国にルーツを持つ個人や組織が行った多面的な不正活動」の一環だ。
つまり、中国による影響工作の目的は、特定の陣営に露骨に加担したり、特定の主張を支持するというよりも、米国内の政策形成に影響を及ぼし、中国の利益に反する政治家などに圧力をかけ、米国社会の亀裂を深めることにある。
工作に関わったのは中国共産党の工作機関である中共中央統一戦線工作部(=統戦部)などの中国関連の組織だといわれている。
習近平主席が「魔法の武器」と呼ぶ統戦部は、中国の国内外で情報戦特に影響工作を行っている。
大統領選挙に関連した影響工作は統戦部の活動のほんの一部だ。中国共産党にルーツを持つ約600の組織が米国社会に浸透し、様々な活動を実施している。