一方、仕事の実務面でも大きな転換期を迎えていた。低成長時代に入ると、組織の中の指示待ちよりも、個々の“自立”が求められるようになった。だが、おじさんたちはそうした時代の変化に意識が追い付かず、「自分で手を動かさず部下にやらせる」過去の因習を踏襲してしまったのが痛かった。資料をゼロから作るのと、人の作った資料に意見して直させるのとでは使う頭が全く異なる。環境変化に合わせて「0から1を編み出す能力」を鍛錬する機会を自ら放棄してしまった人が多かった。

 こうして批判だけが上手な“できないおじさん”が完成してしまったのだ。

自己変革でつまずいたおじさんたち

“できないおじさん”も、世の中が徐々に変化し、自分も変革を迫られているのを薄々感じていたはずだ。しかし上手く順応できなかった。あるいは、易きに流れて社内政治に明け暮れた結果、外の人との付き合いが減り、新しい時代の変化を感じ取れなくなっていった。かつてバリバリ働いた時と同様に、徐々に勢いを失うことまで周囲と歩調を合わせてしまったのだ。

 こう見てくると、できないおじさんの本質がよく分かる。それは、悪化する環境に立ち向かって自分の生き方や働く目的を考えるのではなく、その時々の時流に乗って組織に依存してしまうのだ。目的なき人生だから、あきらめも早くなってしまう。