法的リスクが小さい「合意退職」を実施する際の注意点
前述のとおり、「解雇」は厳格な規制に加え、無効と判断されるリスクもあることから、実務上は解雇に至る前に「合意退職」を成立させるケースが多い。これは使用者から労働者に退職を促し、労使間の合意によって労働契約を解消することを指し、「退職勧奨」から「合意退職」へ、という流れになる。「退職勧奨」は、法律を根拠とする行為ではないため、被退職勧奨者側が勧奨に応じるか否かは、なんら拘束されることなく自由に意思決定することができる。
法律を根拠としていないために、退職勧奨は原則として使用者が自由に行うことができるともいえるが、一方でその説得の手段・態様などが社会通念上、相当と認められる範囲を逸脱してしまった場合、被退職勧奨者の自由な意思決定を妨げ、違法な権利侵害を行ったとして、不法行為(「民法」第709条)と見なされる。
労働者に不当な心理的圧迫を与えるような行き過ぎた行動があったケースでは、損害賠償義務(慰謝料支払義務)を負う可能性もある。具体的には、以下に該当すると「違法」と判断される可能性が高いので、注意が必要だ。
・多人数(使用者側)による面談
・誤信させる言動
・暴力的、または被退職勧奨者の名誉を棄損するような言動
・多数回の長時間にわたる拘束
・不当な人選
・本人が退職しない意思を明確にしているのにも関わらず、退職勧奨を執拗に行うこと
また、雇用調整の手段として、希望退職者を募集する企業も急増している。「希望退職(制度)」は、経営上の必要性から、退職金の増額といった一定の優遇措置を示して退職希望者を募る制度で、期間を定めて時限的に実施するものだ。希望退職の募集は、従業員に対する退職申し込みの誘引であり、これを受けて従業員が応募し、使用者が承諾することで合意が成立する。希望退職は「合意退職」のひとつとなるので、法的リスクは小さい方だろう。
なお、似た制度として「早期退職優遇制度」があるが、こちらは中長期的な人事政策上の観点から、恒常的に実施されているのが通常である。
「希望退職募集」と「早期退職優遇制度」は、時限的な措置か恒常的な制度かという点が異なるものの、どちらも従業員の中から希望退職者を募って、これに応じた従業員を「合意退職」させる方法だ。法的リスクが比較的小さいとはいえ、使用者側は事前に十分な検討や準備をしていないと、退職者が集まらず雇用調整の目的を達成できない。そして結局、整理解雇を検討せざるを得ない場合も出てしまう。
いずれにしても、「解雇」と「退職勧奨」には、事前に十分な検討・準備を行い、万全の体制で取り組む必要があるので、社会保険労務士や弁護士などの専門家に相談しながら進めていくことをおすすめする。
松田法子
社会保険労務士法人SOPHIA 代表
https://sr-sophia.com/
著者プロフィール HRプロ編集部 採用、教育・研修、労務、人事戦略などにおける人事トレンドを発信中。押さえておきたい基本知識から、最新ニュース、対談・インタビューやお役立ち情報・セミナーレポートまで、HRプロならではの視点と情報量でお届けします。 |