緊急事態宣言の発令を要請した東京都の小池都知事(写真:Motoo Naka/アフロ)

 動いていないエスカレーターに乗るために第一歩を踏み出そうとした時、一瞬、自分の身体が「バグった」ことはないだろうか。これは、今までの経験からエスカレーターが動いていると予測して足を踏み出そうとするので、筋肉の予測制御をし直しているために起こるという。私たちはこうした小さな一つの動きでさえ、モノや他の人、車の動きなどを予測して次の行動を選択している。

 現代社会には地震や火山噴火、天気予報、人口、余命、カーナビや自動運転、株式市場など、予測があふれている。最近では米グーグルによる「COVID19-感染予測モデル」(日本版)が話題になっているが、ウイルスの感染予測を一般の人がこれだけ目にする機会は今までなかっただろう。私たちは今、1年前には思いもしなかったような未来に立っているが、不確かな未来はどこまで予測することができるのだろうか。『予測学:未来はどこまで読めるのか』(新潮選書)を8月26日に上梓した大平徹(おおひら・とおる)名古屋大学大学院多元数理科学研究科教授に話を聞いた。(聞き手:倉根 悠紀 シード・プランニング研究員)

『予測学:未来はどこまで読めるのか』を上梓した大平徹・名古屋大学大学院多元数理科学研究科教授

本当に必要なのは行動指針になるような情報

──地震や火山噴火、天気など、災害予測の観測技術や理論的な研究が進展して予測ができたとしても、それに対する感度を上げて情報周知されなければ災害は防げない。災害予測にはコミュニケーションの課題がついてまわると指摘されています。

大平徹氏(以下、大平):自然災害や今回の新型コロナについては、特に専門家の間ではできるだけ精密な予測をするための努力が続けられています。しかし、我々に本当に必要なのは「精密さ」の面では物足りないとしても、災害時やそれに備えるために個々の行動指針になるような情報です。

 最近は、台風による豪雨や浸水時には「命を守る行動をしてください。」、コロナ関連では「3密は避けましょう」「(会食時の感染防止に)5つの小」というように、人々の感覚に訴えるような端的な「標語」が開発されています。どのような発信をしたら、どれだけの人が行動を起こしてくれるのか、それによってどれだけ被害を抑えられるのか、という予測と評価も重要なことです。

 また、コロナに対してはCOCOA(ココア)というアプリも開発されて、個別の情報提供も始まっています。実は私も民間企業にいた20年ほど前に「救急箱」になぞらえて、災害時に持ち運べる「緊急情報箱」のようなものを開発したらどうかと提案したことがありました。未熟な提案だったので当時は相手にされませんでしたが、今はスマホも普及したために各人の状況に合わせた情報やアドバイスを提示することができるようになっています。

 どうしてもアプリの不具合などマイナスな情報がニュースになりがちですが、こうした試行錯誤の中で役立つシステムに発展することもあります。我々も我慢と寛容を持って、ともに育てていくという意識が必要だと思います。

 それからやはり、災害対応の技術伝承も重要です。「天災は忘れた頃にやってくる」という地震学者が残した有名な言葉がありますが、災害そのものの記録だけでなく、災害への対処の手段や技術も何とか伝承していきたいものです。