1969年に訪米した佐藤栄作首相。翌年に佐藤首相が主催した「桜を見る会」ではKGBのスパイがCIAスパイの写真を撮っていた(写真:AP/アフロ)

 東西冷戦終結から2年後の1993年、共同通信ワシントン支局に、元ソ連国家保安委員会(KGB)の元スパイが訪ねてきた。彼が東京駐在当時に知り合った筆者の先輩記者から、「訪ねていくのでよろしく」との紹介があった。

 彼は他の3人のKGB要員とともに訪米。米中央情報局(CIA)など米国の情報機関員OBらで構成される組織が主催する講演やシンポジウムで「米国の各地を回る」、と言った。冷戦後ならではの計画だった。

 ユーリー・トトロフ氏、1933年生まれで、当時ちょうど60歳。小柄で、眼鏡をかけたトトロフ氏はアジア人に見えた。聞くと、オセチア系のロシア人と教えてくれた。モスクワ国際関係大学を卒業後、外務省をへて1960年にKGBに入った。日本語も英語も堪能で話しぶりはソフトな印象である。

 彼は会うなり、私に対して頼みごとを口にした。「ドナルド・グレッグを紹介してほしい」というのだ。

 グレッグ氏はジョージ・ブッシュ元大統領(父)がCIA長官の時代から親密な関係にあり、当時は駐韓米大使を退任してワシントンに戻って、米国の「コリア・ソサエティ」会長をしていた。

「グレッグ氏に会う用事とは何か」と聞くと、「写真を渡したい。『桜を見る会』で私が撮った彼の写真だ」とトトロフ氏は答えた。当時、両氏とも「外交官」を偽装していた。

スパイ同士が「桜を見る会」で交歓

 さっそくグレッグ氏に連絡をしたが、残念ながら不在だった。トトロフ氏は翌日から各地を回るので会うことはできない。ならば、私から彼に「写真を渡してくれないか」とトトロフ氏は言った。

 写真を預かり、後日グレッグ氏のオフィスで会って渡すと、グレッグ氏は「愉快なことだ(hilarious)」と喜んだ。

 写真を撮ったのは、1970年4月のこと。当時米大統領はリチャード・ニクソン、他方ソ連共産党書記長はレオニード・ブレジネフ。ベトナム戦争はなお続いており、東西冷戦の厳しい時代だった。

 そんな時代に、当時の佐藤栄作首相はCIAとKGBのスパイを同時に「桜を見る会」に招待していたのだ。

 しかも、KGBのスパイがCIAスパイの写真を撮っていた。恐らく双方とも、当然お互いの素性を知っていたはずだ。無理に笑顔を作って交歓する様子を想像した。

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