われわれが「イギリス」と呼んでいる国が、正式には「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国:United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland」で、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4つのカントリーからなる同君連合型の国家であることは、読者の皆さんもご存知のことと思います。
今回は、その中のスコットランドに焦点を当て、同国がイギリスにとっていかに重要な役割を果たしてきたか、そしてまた大英帝国やイギリスの海外発展をうまく利用してきたかを見ていこうと思います。
移民を生む国・スコットランド
グレートブリテン島の北側およそ3分の1を占めるスコットランドは、もともと独立した王国でしたが、1707年、お隣のイングランドと合同(Union)し、「グレートブリテン」となります。しかしこれを機に、スコットランド人は海外に移住するようになったと言われています。もっとも、実際のスコットランドは、合同以前からまさに「移民を生む国」だったと言えるのです。
17世紀のスコットランドの人口は100万人程度に過ぎませんでしたが、他国に渡った人の数はその1世紀の間に合計20万人に達したそうです。
とりわけ若者が、スコットランドからイングランド、さらにはヨーロッパ大陸の国々に渡り、17世紀最初の数十年間だけで、3〜4万人ものスコットランド人が外国に移住しました。また1600〜1650年には、スコットランドに住むスコットランド人の数は、毎年2000人ずつ減少したとも言われています。
スコットランド人は、兵士として優れていました。そのため彼らは、傭兵とした他国に雇われることも少なくありませんでした。17世紀においては、スコットランド人は、オランダの軍人としても活躍しています。スコットランド人がオランダに向かったのは、この国の国教がカルヴァン派の改革教会であり、カルヴァン派の長老派からなるスコットランド教会と親和性があったからです。
1618〜48年に主に中央ヨーロッパで戦われた三十年戦争でも、スコットランド人は兵士として活躍しました。ブリテン諸島から約11万人が軍人としてこの戦争に参加しており、そのうち6万人がスコットランド人であったと考えられています。ただしこの三十年戦争には、イギリスは参加していません。スコットランド人は、自国の政策とは関係なく、ヨーロッパ大陸で傭兵として戦争に参加したのです。
彼らは、とりわけプロテスタント国のノルウェー・デンマークとスウェーデンの軍で活躍しました。