ルビコンの働きを妨害する化合物があれば
因果関係を調べる実験は、このように遺伝子操作ができるようになったことで飛躍的に進歩しました。かつてはそれが難しい側面もあり、相関関係も根拠にしていたのですが、それだとなかなか仮説が真実に近づけません。議論に決着がつかなくなります。
世の中で紛糾している問題は相関関係の議論が多いです。新型コロナウイルスはわかりやすい例です。たとえば「緊急事態宣言を出さなければどうなったか」というのは、同じ都市で同じ条件でありなしの実験をする必要があり、検証は困難です。
ちなみに、この肝臓の実験は人間ではできないので、因果関係まで調べられませんが、相関関係はわかっています。手術で肝臓の一部を取った患者さんたちから同意を得て、とった肝臓の脂肪肝になっている部分と脂肪肝になっていない部分についてルビコンの量を測ったのです。そうすると、脂肪肝の部分の方がルビコンが多かったのです。これは因果関係ではありませんが、マウスでは因果関係がわかっているのでかなりの確率で人も同じはずです。
この実験では、環境要因によってオートファジーの働きが悪くなると病気になることがあると初めてわかりました。
「高脂肪食でルビコンが増えて脂肪肝になる」ということは、誰でも、あなたも、生活環境によってオートファジーの働きが悪くなり、病気になる可能性があることを意味しています。遺伝子が正常だから私は大丈夫、とは言えないのです。
このほかにも、オートファジーが関係すると言われている病気はたくさんあります。
・神経変性疾患
・がん
・2型糖尿病
・動脈硬化
・感染症
・腎症
・心不全
・炎症性疾患
・筋萎縮症
・ミオパチー
・ある種の貧血、ある種の遺伝病、などなど
いっぽうでこの実験結果から、これまでなかった脂肪肝の予防・治療法開発が期待されます。そうです、ルビコンにくっついてその働きを妨害する化合物があれば、薬になるかもしれないのです。私の研究室では、今懸命にその研究を行っています。
さて、皆さんはもうおわかりでしょう。加齢によるオートファジーの能力低下も、ルビコンによるものでした。歳をとるとルビコンが増加することや、ルビコンを減らすとパーキンソン病がましになることがわかってきました。ルビコンを妨害する薬は、脂肪肝だけではなく加齢によって起きるアルツハイマー病やパーキンソン病、腎臓の線維症などさまざまな病気を治すことができるかもしれません。
※オートファジーおよび大隅良典氏の研究についてはこちらもご覧ください。
「オートファジー」が生命の根源に直結している理由
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48055
日本が本当に誇っていい今年のノーベル賞受賞
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48087
人類の親戚、酵母がもたらしたノーベル賞
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48099
独創性のおじさん~元同僚として見た大隅博士の素顔
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48616