このママの財布には、いつも300万円は入っていた。「渡はエエもん着なあかん」とスーツなども高価なものを揃えてくれた。上客の対応は、一人ではなく、(かつて自分がそうであったように)ヘルプを付ける。店には新人が入って来るから、自分の兵隊(配下の若い衆)を増やしていくために、彼らをヘルプに付けたりもする。仲間内でも気配りが不可欠なのである。

身体張るのはアニキ役

 当時のミナミには、ホストクラブが5~6店あった。それぞれナンバーワンが居る。「そいつらもそうだったと思うが、自分の若い衆が居て、その地位を維持できる。だから、食わしてやるのが兄貴分の役目」であった。

 もちろん、この社会の所作、言葉遣い、上下関係はとても厳しい。それができていない者には厳しく指導する。しかし、それでも自分を盛り立ててくれ、付いてくる若い衆はかわいいから、ヘルプにも付けるし、小遣いも渡してやる。そうした互恵的な関係を経て成長してゆく(これは、若い衆だけではなく、自分も後進の教育を通して学ぶところが多かったと回想する)。

 自分の勢力を拡げるためには、店の中の主流派と反主流派の確執や、他所の店との争い事(客を取った、取られたというような喧嘩沙汰)に対応することも必要だ。とりわけ、上客でない女には、チンピラが付いていることも多く、「お前が渡いうんか。わしの女と飲みに行っとったやろう。お前が店に呼んどるんかい」、「勝手に来てはるんちゃいますか」というようなやり取りになることも多い。こういう状況も上手く捌かなければならない。それでも当時のホストは、ヤクザに拉致されるなんてことはザラにあった、と回想する。

「うちの若い者、数えきれんほど事務所に連れて行かれてる。しかし、ガラ受け(身柄引き受け)に行ったおれは殴られたことはない」そうだ。

 自分の若い者がヤクザの事務所に拉致されたらガラ受けに行くのは、兄貴分である自分の役目と思っていたから、いつも自分一人で対応していたとのこと。すると、ヤクザは「お前、ひとりで来たんか。ええ度胸してんな」と鷹揚に威嚇してくる。「とにかく、詫び入れよう思いましてん」、「おまえ、そんなんで済む思うてんのかい。ナメとったらあかんで」、「ポリ来た方が良かったですか? まずは、うちの若いもんが失礼したんなら、私が謝るんが筋や思いましてん」こうした一連のやり取りから、「肝の据わった面白いやっちゃな」ということになり、一緒に酒飲んで終わりというようなケースが一般的だったそうだ。

 ホストの上下関係も、当時はヤクザのそれと似たところがあり、兄貴分が漢(おとこ)なら、ヤクザも認めたという一例である。渡氏は、その世界でも顔になり、本人も、若い衆も、ヤクザのカネ蔓にされたことはなかったという。