サクセッションプランニングの検討を通じた指名委員会の実効性担保

 上述の通り、CEOのサクセッションは、他の経営人材のサクセッション(※2)とは構造上の違いがあるため、社外取締役や指名委員会の関与が必須となります。一方で、「CGSガイドライン」やその参考資料(※3)でベストプラクティスが紹介されているにもかかわらず、明文化されたサクセッションプランがある企業は、いまだ少数にとどまっている現状があります(※4)。

 そこでEYでは、CEOサクセッションプランの策定の際には、「エマージェンシー・プラン」から議論を始めることを推奨しています。「エマージェンシー・プラン」とは、現任のCEOが事故や病気などで職務執行が難しくなった場合(緊急時)の後任者を選定しておくことです。

 最近ではSNSの広がりもあり、欧米でも業界を代表するような大企業のCEOが、ハラスメントといったスキャンダルで退任する例も多くなっています。そうした万が一の場合であっても、「事業継続性の担保」や「社会的信用の早期回復」、「過度な企業価値毀損の防止」のために、緊急時の準備をしておくことは必須です。これは、取締役会としての重要な責務といえます。こういった場合においても、あらかじめ定められた「エマージェンシー・プラン」があれば、透明性をもった後継者指名を実施することが可能になります。

 あまりポジティブな議論ではありませんが、そこをスタートとして、「CEO選定基準」や「プロセス」、「サクセッションチャート」を活用した候補者プールの確認という本格的なサクセッションプランの議論に発展させていくことが有効でしょう(図4)。

 上述のように、CEOのサクセッションプランの議論は取締役会構成や取締役の指名にも関係します。そのため、(1)と(2)も含めた本来の指名機能に関して議論を進めていくことになります。もちろん同時に進めることは理想ですが、限られたリソースを活用するという観点からは、こうした段階的なアプローチが「現実解」となると思われます。

 今後こうしたプロセスを経験した経営経験者を含む取締役会メンバーが、将来的に社外取締役人材のプールを形成していくことになるでしょう。「コーポレートガバナンス・コード」以降、急激に、数千の社外取締役ポジションの需要が生まれてきましたが、今回の「社外取締役ガイドライン」の策定をはじめ、社外取締役の活用もまた、形式から実質へと進化していくことが予想されます。

【参考資料】
※2:経営人材のサクセッションプランニングの内容については、「第15回:次世代経営者をどう作るか?~“日本型”サクセッションプランニングの要諦~」を参照
※3:経済産業省「CGSガイドライン」【別紙 4:社長・CEO の後継者計画の策定・運用の視点】」 (2018年9月)
※4:経済産業省「日本企業のコーポレートガバナンスに関する実態調査」報告書(2020年3月)

まとめ

 これまで4回にわたって、ここ数年間で急激に進化している企業のコーポレート・ガバナンスの状況について、直近の法令やソフトローの改正、ガイドラインの公表などをふまえ、最新の企業事例も交えつつ概観してきました。

 政府主導の各種施策もあり、大企業を中心に形式から実質への動きが加速している一方で、企業間での「コーポレート・ガバナンス格差」はひろがっているといえます。株主やステークホルダーの関心も変化・高度化しており、対応ができていない企業が資本市場から「No」を突き付けられる時代が来てしまうかもしれません。一方でグローバルに目を向けると、日本の「先進企業」においても「CEO報酬」といった解決すべき課題はまだまだあると考えられ、「コーポレート・ガバナンス」としての観点からも道半ばといったところでしょうか。

「役員報酬」や「CEOのサクセッションプランニング」などは、グローバル人材マネジメントやグループ・ガバナンスなど、人事が直面する課題と「地続き」であり、人事部門としても情報のキャッチアップと自社の状況に応じた適切な「解釈」が必須となってきています。2021年には再度「コーポレートガバナンス・コード」の改訂が予定されており、引き続きコーポレート・ガバナンスの進化に注目していきたいと思います。

著者プロフィール

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ピープルアドバイザリーサービス パートナー
リワード&アナリティクスチーム リーダー
野村 有司

大手ベンチャーキャピタル、外資系組織・人事コンサルティングファームを経て現職。人事制度設計、M&A局面における制度統合・HRDD・リテンションプログラム設計、グローバル・ガバナンス設計、従業員意識調査など、広範なプロジェクト経験を有する。特に、リワード(報酬関連)分野においては、役員・従業員、日系企業・外資系企業を問わず国内有数のプロジェクト経験を有し、情報や知見の発信をおこなっている。

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