写真:Paylessimages/イメージマート

(勢古 浩爾:評論家、エッセイスト)

 お笑い芸人がおもしろくない。「お笑い」と自称しているくせに、腹が立つほどおもしろくないものがいる。

 漫才・コント番組以外にも、「ジョブチューン」「秘密のケンミンSHOW極」「世界一受けたい授業」「アメトーク」などのバラエティ番組を見れば一目瞭然である。それで本人たちは、笑わせてやったぜ、と得意顔なのが腹立たしい。「おまえ個人の感想ではないか」といわれればそのとおりだが、しかしすべての感想は個人の感想である。

 ここ10年ほどで「街ブラ」や「バス旅」番組がやたら増えた。そこに、明石家さんまの「これはテレビや、声を張らんかい」が浸透していると見えて、街なかや店なかやバス内で、大声をあげて我が物顔にふるまうものがいる。もともとテレビが傲慢なのだ。そんな芸人に接して泣かんばかりにありがたがる一般人もいるが、「邪魔だな」と迷惑に感じている人もいるはずである。

 わたしは「お笑い」が嫌いではない。夢路いとし・喜味こいし、獅子てんや・瀬戸わんや、ダイラケ(中田ダイマル・ラケット)、岡八郎(岡八朗)・花紀京の時代から見ている。電撃ネットワークが懐かしい。大晦日の「笑ってはいけない」シリーズは、周囲からばかじゃないの? といわれながらも毎年録画し、正月の真夜中にみっちり6時間見ている。あれは9割くだらんが、1割おもしろいのだ。

 もちろん、おもしろいと思う芸人もいる。ナイツ、サンドウィッチマン、銀シャリ、中川家、麒麟の川島、クリームシチューの上田。その次に、ハライチ特に澤部、千鳥特にノブ、かまいたち特に濱家、ジャルジャル、和牛、ミルクボーイらである。かれらはみな本業のネタ作りがしっかりしていて、しかもわたしの笑いのツボに合うのである。それだけでなく、当意即妙で発言やアドリブもうまい。

おもしろくない原因を作っているのはテレビだ

 わたしには全然おもしろくない芸人のお笑いを一番笑うのは同時に出演している同業者の芸人たちである。かれらはおなじ笑いのプロのはずなのに、どうしてそんな程度のネタで笑えるのだろうと不思議だったが、お笑い芸人の世界は互助会だったのである。仲間の気づかれないネタや発言や合いの手も、他の仲間たちが「拾って」やり、お付き合い笑いをしてやるのである。発言の少ない人間には、話を「振って」(助け舟を出して)救ってやる。芸人は相身互いというわけである。