7月23日、演説の中で歴代対中政策を「失敗だった」と断じたポンペオ国務長官(写真:代表撮影/AP/アフロ)

(亀山 陽司:著述家、元外交官)

 6月30日に施行された中国の香港国家安全維持法が、中国をめぐる国際関係に大きな渦を生み出している。もともと中国に対して競争心をむき出しにしていた米国は言うまでもないが、これまで中国との関係を慎重に扱っていたEU諸国も国安法に強い懸念を抱き、対中制裁措置へと動いている。7月23日、ポンペオ米国務長官が行った「共産主義中国と自由世界の未来」と題する歴史的演説も、この流れの中にある。

 この演説の中で、ポンペオ国務長官は、ニクソン大統領以来の対中エンゲージメント(関与)政策は失敗であり、自由世界は中国の圧政に勝利しなければならないと訴えた。にわかに風向きが変わった。「自由世界VS共産世界」という冷戦時代を特徴づけたフレーズがよみがえったかのようだ。ポンペオ長官の演説の表題はそのものずばりだ。ただし、共産世界の中心はソ連ではなく中国に移っている。国際政治の世界に何が起こっているのか。

米国の覇権への「挑戦者」中国

 冷戦に先立つ世界大戦では、独、仏、英、露といった欧州の大国、日本というアジアの大国、そして米国という地域大国間の勢力争いだった。欧州ではドイツ、アジアにおいては日本が勃興し、地域の覇権を握ろうとしたのに対し、対抗する大国がそれを阻んだというわけだ。

 ところが、第二次大戦後、米ソが二大超大国として他の追随を許さない存在となり、それぞれの陣営を率いて対立したのだが、たった二つの超大国による地政学的な覇権争いだったという点で過去の大戦とは異なっている。対立の軸は自由世界VS共産世界であり、その手段は核ミサイルとなっていた。

 つまり、冷戦とは、米ソがイデオロギー(および利害関係)を軸にしてそれぞれの陣営を従えつつ、核ミサイルの製造競争をしていた時代とも言えた。実際の戦争に発展することはなかったため、「ロング・ピース(長い平和)」の時代とも言われた。戦闘なき軍拡競争だったわけだ。

 ソ連の崩壊とともにアメリカ一国支配とも言うべき時代が訪れたわけだが、軍事、経済ともに拡大し続ける中国は、今や米国の覇権に挑戦するまでに成長した。

 ただし、米国の覇権に異議申立てしているのは中国だけではない。米国による一極支配を終了させ、覇権を分散させようというのは、ロシアのプーチン大統領の基本的な外交戦略でもある。今年6月に米『ナショナル・インタレスト』誌に発表した論文でプーチン大統領は国連安保理常任理事国(米、英、仏、露、中)による世界の寡頭支配を主唱している。

 しかし、中国の場合はパワーバランスによる多極支配ではなく、米中二大国による二極支配、さらには米国にとって代わる中国の時代を夢見ていると見られている点で、米国にとっては重大な挑戦者なのである。